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ひきこもりと車を持っているひきこもり。

初めて彼に会ったのは、私がフリースペースに通った初日だった。

彼はまったく人見知りではなく、初対面なのにフレンドリーだった。

この時期から「ひきこもり」という言葉が世に出回り、「ひきこもり」の人たちの犯罪が世間を賑わし始めていた。

「ひきこもり」は犯罪者予備軍という認識が当事者の私にもあったので、フリースペースに行くことを躊躇った憶えがあった。

彼はでかい車に乗っていた。

その日のうちに車で駅まで送ってもらった。それからフリースペースに通っている間は、私の定位置は助手席となっていった。

送ってもらいながらも不思議な気分だった。

「ひきこもりなのに何でこんな車が運転できるのだろう・・。車を買うお金はどうしたんだろう・・・」

彼は働くことはできないが、車でいろいろな場所に行けるタイプの人だった。

ひきこもりのタイプ

一口にひきこもりと言ってもいろいろなタイプがいる。

初日に会ったもう1人のメンバーは新聞配達のバイトを行なっていた。
「ひきこもり」と言っても早朝の仕事はできるようだった。

「俺とは違うな・・・」それが初めてフリースペースに行ったときの印象だった。

かと思ったらイメージに近いひきこもりの人もいた。
その人は20代後半だった。

「僕は小学生の頃から離人症という病気に罹っていて・・・。それから学生生活がうまくおくれなくなってしまいました・・。僕の人生は小学生の頃に終わってしまいました・・・。」

悲惨さに関しては上には上がいた印象。

メンバーには結構喋る人から人見知りの激しい人。
働いている人から無職の人。
社会人経験のある人から、無い人まで様々だった。

フリースペースを卒業してから聞いた話だが、女性のひきこもり当事者の人が結婚して卒業したというパターンもあったそうだ。

その時は「なんかずるいぞ!」と思った。

仕事もしてない癖にどのタイミングで結婚相手と知り合ったのか?
また相手の男性は彼女のことをよく知ってから結婚しているのか?
女性は男性に依存すると思うし、男性が気の毒とも思った。

そして私は器が小さいので、結婚生活がうまくいかなければ良いのにと嫉妬に狂ったのだった。

水族館に行く

私は車を持っている彼をライバル視していた。
しかし最もよくつるんでいたのも彼だった。
彼と新聞配達をしているもう1人のメンバーと3人で遊ぶことが結構あった。

この日、高速道路をかっ飛ばし2時間近くかけて他県の水族館に向かった。
車を持っている彼は動物が好きだった。
確かこの時はフグが見たいというのが動機だった。

新聞配達の彼も基本的にあまり遠出はしないタイプだったが、彼も動物が好きだったようで、水族館への長距離ドライブに乗ってきた。

ちなみに車を持っている彼は、他県から県内一の進学校の中学に入学してきた秀才だった。
私はよくわからないのだが、他県から入るのは相当に難しいことらしい。

また新聞配達の彼は頭も良くて料理も上手でイラストも上手い人で、私は彼のことを密かに「神童」と呼んでいた。

さて片道2時間近くかけて水族館に到着した。長距離ドライブだったが、運転することは苦ではないようだった。

私は水族館へのこだわりも特に無かったので、楽しければ何でも良かった。

しかしアシカショーがあると知ったので、これは見逃すことはできないと思い、もちろん見るっしょ!と2人に呼び掛けた。すると2人とも全くそれには興味を示さず素通りをした。

おいっ!もっとミーハーになれよ!!と心の叫びが漏れそうになる。

アシカショーやペンギンさん達の群れに全く興味を示さず、ハコフグなどにカメラを向けてパシャパシャと写真を撮っている。

例えば、彼女ができて水族館に行きたいってなったときにも彼等はこのように我が道を行くのだろうか・・?と疑問を持ちながらハコフグの水槽を覗き込んだ。

あっ・・ハコフグ形がおもろ・・。

そしてその先の巨大水槽にはマンボーが悠々と漂っていた。
マンボウは知っていたが、改めて見るとこの魅力的なフォルムは何だ!!?
私はすぐにマンボウの虜になってしばらく水槽の前に張り付いた。

アシカショーは見ることができなかったが、それなりに十分に楽しむことはできた。

私は帰りの車中で運転手の彼と「動物しりとり」を行なった。

そして私と彼等の違いを考えた。興味のあることはしっかり関心を示し、興味のないものはこれっぽっちも触れようとしない。彼等はすでにパーソナリティーが完成していた。

最初に私は車を持っている彼をライバル視していると書いたが、きっと彼は私のことをライバル視してはいないと思う。彼は我が道を行くタイプなので、人は人、自分は自分という考えがあると思う。

私は自分がまだ確立していない未成熟の状態で、周りに流されてしまう。
私は自分のことが子供っぽいとは思ったが、周囲に流されて何でも手を出すフットワークの軽さがあるとも言える。

興味のあることないことをしっかりと分けて、知らないことに手を出そうとしない彼等の性質が私には不思議でもあった。

フリースペース内での恋愛

フリースペース内では恋愛もあった。
私たちがいた頃のフリースペースは純度100%の男社会だったので、1人でも女性メンバーが入ってくると密かに色めき立つ。猛獣の檻の中に肉を投げ込んだような感じだった。

私はその恋愛の対象外だった。

働いてもないくせに恋愛もクソもないだろう・・と腐り切って嫉妬した(もう嫉妬ばっかり・・)。

恋愛は車を持っていた彼が行なっていた。
車を持っている奴は強い。

私は新聞配達員の彼にメールで彼等の恋愛について茶化すようなメッセージを腹立ち紛れに送った。
しばらくメールのラリーが続いた後の送信後に気付いた。いつの間にはメールの宛先が車を持っている彼になっていたことに・・。

血の気がひいた。

私「〇〇ちゃん・・。しまった!間違って〇〇ちゃんにメール送った・・。」

新聞配達の彼「えっ?何でそんなことになるん?」

と2人で大慌て。

もうどうしようもないので、謝罪のメールを送ることにした。
これはもう殴られても仕方がないと思ったし、直接謝りにいくことをメールで告げた。すると彼から返信があった。

寛大な彼は「まあまあ・・」との余裕な返答。
どうやら許してくれたようだが、私のやっていることがすごくダサく、そりゃ恋愛の対象外になるわ・・と思った。

続く




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