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3月14日(日)

初の花粉症にノウハウが分からず、倍疲弊してしまうまいにち。こんなにも辛いものなのか。花粉対策用アイボンを買ったけど、cmみたく小さなゴミを可視化出来ずで損した気分になる。

仕事終わりにいつも寄る本屋が改装中で。他にも映画のレイトショーだとか、場面飲みだとか、些細ないろいろを奪われた今、少しずつ日常のバランスが崩れて行くのを感じる。小さな普遍的な出会いに救われていたのでしょう。I"sを通勤時に開く楽しみは奪われないように。

それでも嬉しいことがあった今週。空気階段の踊り場の昇格、桜木町での朝活、シソンヌのネタを潰していく楽しさ、もぐらの檸檬堂CM、育てるデニムを買えたこと、あの子は貴族、、、。

「あの子は貴族」について。都会のハイソとそうで無い人々(特に地方出身者)との見えない鉄の壁の流れが立体的に入ってくる。美紀の一言一言に「知ってる知ってる」と共感するものの、私のそれは水を掴むようなとても空間的な感触で、じゃあ自分はどの立場かと言われれば明言も出来ず。

そういうハイソな場所で育った、クローズドな人達に憧れを抱きつつも、自分は恵まれている方であるのだとこれまでの世界線で満足する術で、今ここまで誤魔化してきたのかと。どこかキラキラした人達に憧れるのは、美紀が幸一郎と共に過ごしたそれと同じで、自分の至らなさをカバーするステイタスであるんだと感じて悲しくなった。

「東京の人って、東京以外の街にも人が住んでるってこと、すぐ忘れるんだから」

彼らの当たり前はとても敷居が高く狭いこと。 高さが違うだけで、田舎もそれは同じだと言うこと。帰る場所がある事を羨望されても、そこが居場所では無いこと。しぶとく根を張る東京にアウェーを感じてしまうこと。じゃあ、居心地が良いのはどこ?
こうやって堂々巡りだから、わたしの言いたい事って凄く本当に空間的なんだよね。こういう鉄の壁は、エンタメと共にハイソにある情報を届ける事でぶっ壊せるのでは?と思っていたけど、その安易さを本作で打ちのめされる。正解は見えないまま。

仕事終わりに映画に行けないのって本当にダメだな。土日に雑多な場所へ行く気力もない今、平日にスナックカルチャーを楽しめないの本当に辛くなってきた。ああ、スナックカルチャーだなんて惰性な考え方だね。毎日見聞きするものたちを自分の正面に置いているの、踊り場と俺の家の話だけかもしれない今...。

ワンダビジョンは2話で停止中。エヴァは7話。かまいたちの"ポイントカードネタ"にやっと共感できる。エヴァを観ていれば、あの感動を人生の走馬灯の様に歓喜できたのかもしれない。アベンジャーズの当時より長い歴史、、、。かと言ってワンダビジョンもスナックポジションになっているのだけど。悲しすぎる。

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