正しい別れ方

かつての恋人が住んでいた街。
別れた、それを行かない理由にするのは癪で、いらない未練をたらたら引きずりながらこの1年で何度か訪れた。ばったり会う可能性は十分にあったものの、これまで上手い具合にやり過ごしてきた。

もうかつての恋人のもとには戻らずに済むだろう、そう思ってふらっと出向いた矢先、あの人に連れていかれた店であの人に出くわした。私が好きだったシャツに、お気に入りのトートバッグを肩から下げたそのスタイルは、生春巻きを頬張る横目でもあの人だと認識するには十分すぎるほどの情報だった。知らない女性を連れたあの人は私の後ろのテーブルに腰掛ける。顔は見えないけれど、雰囲気と微かに漂う香りがあの人だと嫌なほど伝えてくる。久しくその存在を全身で感じるあの人は何も変わらなかった。変わったのは、すぐそこにいるのに触れられないことだけだ。

恨んでもいないしもうヨリを戻そうとも思わない。ただかつての恋人に偶然出くわした時の正しい感情の所在地が分からない。どこか後ろめたくて、どこか懐かしくて、それでも他人之ふりをする。誰よりも心を委ねた一人なのに、一度離れたらぞんざいに扱わなければいけない気がする。

やあ、とか、元気?とか、もっと友達みたいに楽に聞けたらいいのに。
隣にいた女性はきっとアプリで出会った人っぽかった。よかった、ちゃんと離さず大事にしなよ。私より愛して、優しくしなよ。私のことは、街で会っても忘れなよ。もう声もかけないし、電話もしない。もちろんLINEもしない。これで最後だよ。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?