今年の成長と挫折と迷い

この記事は「「セイチョウ・ジャーニー」「挫折論への招待」アドベントカレンダー Advent Calendar 2019」15日目()の記事です。

まず、遅刻すいませんでした…はい。

いつぞやの記事で成長とは次のように語っている。

> 昨日の自分より、何かができるようになる、あるいは何かができないことを知ること

この定義に従うならば、今年の成長は次のことに集約される。
「自分が周囲のニーズを拾ってしまう人であることへの気づき」
「自分の執着を捨てることで新しい風を呼び起こせることへの気づき」
そして
「大事な人の言葉が素直に身に染みるようになった」
「応援されるありがたさとやさしさを知った」

それはきっと、今年前半の「挫折」のおかげである。
私にとっての「挫折」とはすなわち、
「明日への希望がないこと」
であり、今年の挫折とは簡単に言えば
・複数のニーズに翻弄されてやりたいことができない・わからない
・人生の歩き方の迷子
である。

一生懸命やっているつもり、目標をもってやっているつもりだった。でもきっと「仕事とはこういうものだ」「○○するのが当然だ」「エンジニアならば○○でないといけない」みたいな、無意識の義務と固定概念に縛られて、本当にやりたいことから目を背けていた。あるいはやりたいことをやりたいと思わないような自分でいた。

でも、ふとした時のふとしたいろんな「言葉」のおかげで、「そもそも、今の仕事って自分のやりたいことが表現できているっけ?」「自分が○○しなくてもいい(でも、あの人みたいな丸投げにしないためにどうしよう)」「エンジニアである前に私は私だ」という方針転換ができた。

とはいえ、いまだに日々迷い、気が付けばニーズに翻弄される私である。でも、そのことに気づかせてもらったから、来年は少しずつその優しさを返せればなと思う。

何か行動や思考を変えたとしても、始めてすぐに効果が出るものではない、これこそ石の上にも3年でようやくみえるものかもしれない。でも悩むのが私だと割り切って、私は私ぞで、まず生きていきます。

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