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労働者の楽園

 午後4時58分。
 ここは東京・大手町にある何の変哲もないオフィスビルの一角で、何の知名度もない文房具メーカーがあって、何の面白味もない俺の横顔を差し込んでくる眩しい西陽が照らしている。

 だが、弊社の状況は最悪である。 

 「ざっけんじゃねえぞコラァ!!」
 中村先輩が雄叫びを上げながら電源ケーブルを振り回している。
 どうやらシャットダウンと間違えて再起動を選択し、ブチギレてそのまま引っこ抜いたらしい。
 
 確かにこの状況下だ。気持ちは痛いほどわかる。
 しかし俺も他人のことに構っている暇などない。
 机上の書類をかき集めて無造作に引き出しへと仕舞い込む。
 
 「すみませんお先ですー!」
 秘書課の梨央ちゃんがダッシュで視界から消えていった。
 相変わらず彼女は要領がいい。

 「もうかけてくんな死ねボケ!」
 2週間前に入社したばかりの新山君が荒々しく電話を切った。

 BRATATATATATATA!!!
 突然の銃声。おそらく向かいのビルからだ。
 もう一刻の猶予もない。

 「この国に労働者の楽園を作ります」
 楽園どころか、できたのは地獄そのものだった。
 
 BRATATATATA!!!
 また銃声。今度は隣のビルからだ。

 更衣室の前は人でごった返していた。
 ああもう、だから制服なんてもんは導入するなと言ったんだ。
 
 時刻はすでに午後5時02分。
 2分が1秒であろうが奴らにとっては同じこと。
 お役所が融通効かないのはいつものこととはいえ、こういうときだけ仕事が早いのは気に入らない。
 
 階段を駆け上がる音が大きくなってきた。
 オフィスの時計が10分遅れているのに気付いたのはついさっきのことだ。

 ズカズカと弊社に踏み込んできたのは、ヘルメットにボディアーマー、自動小銃を携えた完全武装の十数人。

 その中央にいるリーダーらしき男が叫んだ。

 「労働基準局です!全員動かないで!」

《続く》

 
 
 
 
 
 
 
    

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