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力紅茶
「優勝決定戦!優勝決定戦です!今年の春もとんでもない嵐が巻き起こりました!」
アナウンサーが叫ぶ。観客も叫ぶ。なぜか解説も叫んでいる。
春場所千秋楽。大阪府立体育会館は熱狂の坩堝にあった。
14日目まで全勝の東の横綱【有紅麗】が、星1つの差で追う西の横綱
【霧万邪炉】のジャンピングエルボースマッシュに膝を着いたのである。
――時間は2分前に遡る。
優勝のかかる結びの一番を前にしてなお動じぬ有紅麗であったが、力水を口にした瞬間にはっきりとその表情が曇った。
「これは…紅茶ではない!?」
彼の舌が感じたのはカフェオレ。
柄杓に紅茶の香りを含ませる念の入り様。
霧万邪炉の謀に気付いた時には既に手遅れ。格下であればともかく、横綱同士の取組ともなれば、十全の力を発揮できない方が敗れるのは自明の理であった。
――時計の針は現在へと戻り、有紅麗の支度部屋。
幾度となく口を濯ぐものの、やはり違和感が残る。
「横綱、時間です」
覚悟を決め花道を歩く。
頭上から声がした。
「とっとと負けちまえ塩横綱ー!!」
酔ったファンだ。
『霧万邪炉』と書かれたTシャツを着ている。
係員が止めに入るより早く、酩酊ファンは有紅麗に対し手にしたペットボトルの中身をブチ撒けた。
バシャッ!
「ウッチャルゾ!」
「ヨリキルゾ!」
「オシダスゾ!」
付け人たちが激昂して襲いかかろうとするが横綱がそれを宥める。
「横綱大丈夫ですか」
かけられた液体を拭きとろうとする係員も制止する。
「これは…」
鼻から脳へ通り抜けていくような香り、微かに感じられる甘み。
そう、ファンが横綱にかけたのは究極の紅茶【ゴールドティップス・インペリアル】だったのだ!
「あんた…」横綱が酩酊ファンの方を見ると、既に係員に両脇を抱えられ退場させられていく最中であった。
有紅麗に視線を向けることなく、ニヤリと笑い親指を立てていた。
再び花道正面へと向き直る。
今、正義の紅茶相撲が大阪の夜に炸裂する!
【終われ】
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