カレン19

カレン・ザ・トランスポーター #19

前 回

「私はね、その泉を無くしにきたの」
 その言葉にゼナはポカンと口を開けたまま立ち尽くす。
「この女は何を言ってるんだ」
 そう顔に書いてあった。
 
 その晩、結局お世話になることにしたおっちゃんの家で、私はシチューに入ったジャガイモをスプーンで潰しながら、この2人には話せる範囲で事情を伝えることにした。
 ひとつ。『私があの泉の秘密を知っていること』
 ゼナはこちらに全く視線を向けぬまま堅いバゲットを千切り、シチューに浸してかぶりつく。
    
 ひとつ。『泉による恩恵を受けているのはこの村だけであること』
 「こらゼナ!お客さんの前ではしたない!」

 ひとつ。『”被害”の出ている各所からの依頼により、泉の権能を停止しに来たこと』
 話を続けたまま私はバゲットを千切り、シチューに浸す。
 ゼナはこちらを見て少し驚いたような顔をしたあと、私のよりちょっとだけ大きめに千切ったバゲットを、再度シチューの皿へと送り込む。
 大きくなったら人前ではやめようね。

 でも人前でなかったらやってもいいんだよ?美味しいからね!

――――――――――――――――――――――――

 『奇跡の泉』
 この村ではあの泉をそう呼んでいる。

 なんで奇跡なのかっつーと、半年ほど前、この近くで伐採をおこなっていた木こりの斧がすっぽ抜けてここに落ちたとき、泉の女神が金の斧と銀の斧を掲げて現れ「あなたの落した斧はどちらですか」と聞いてきたという。

 木こりが馬鹿正直に「いや普通の斧なんスけど」と答えたところ、「あ、すっごーい正直なんですねあなた!正直な人間にはどっちもあげちゃいましょう!」と金と銀の斧を与えられたという。

 なお普通の斧は戻ってこなかったらしい。
 金と銀の斧を作る必要経費か何かになるんだろうか。
 
 ともあれ、金と銀の斧を持ち帰った木こりはこれまた馬鹿正直に事の顛末を皆に聞かせてしまった。
 何かを知るととにかく誰かに喋りたくなるというのは種族を問わないようで、父もこの癖のせいで2か月ほど寝たきりにされたことがある。

そしてこの村はありったけの斧を泉に放り込み、女神から貰った金と銀の斧を売却。巨万の富を得た。
 さて、金を手にすると人はどうなるか。
 常駐宿の部屋グレードを上げたりする。
 朝のハムエッグセットをお代わりしたりする。
 その後は1日中部屋でゴロゴロしてたりもする。
 …何が言いたいかというと、まぁ働かなくなるのだ。
 これはもう、まとまったお金が入った私の生活っぷりがこうなので、おそらく人間もエルフもドワーフも共通のものなのだろう。

 とはいえ「じゃあお金が無くなったからまた働くか」とはなかなかならない、働かなくても楽にお金が手に入る方法がすぐそこにあるのだから。
 また斧を作って、また泉に投棄する。
 楽をしてお金を手に入れて働かずに暮らしたい。
 この村の人たちは、ある意味誰よりも正直者だ。

 で、林業をしていた村が林業をしなくなるとどうなるか。
 材木が不足する。
 最初のうちこそ「まぁ一時的なものなんでしょ」という空気だった王都も、ここに至り薪の一束すら購入に難儀するという民草の窮状を鑑み、ようやく重い腰を上げたというわけだ。
 『よいこの積み木シリーズvol.7マッハワイバーン』が原料不足により発売中止になったことで第2王子がマジギレしたせいだという噂も流れた。

 私が受けた依頼は、泉の女神にとある手紙を届けること。
 中身は当然知らされていないし、知らない方がよいのだろう。
 とはいえ、あの泉はこの村の生命線。
 どう考えても腕っこきの傭兵どもが警備を担当していたわけで、何かこう、協力者というか、使える駒が欲しい。
 あの場所のことを知っていて、それなりに腕が立って、あの場所に向かうことが目的であるような人物...

 「あ」
 悪い笑みが浮かんだであろう私の顔を、ゼナとおっちゃんが引いた顔で見つめていた。

次回へ【つづく】
 

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