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ゲリラ監査役 青海苔のりこ #8

 県立古草高校体育館は日曜の夜だというのに人で溢れ返らんばかりだった。
 しかしそれは此処を学び舎とする生徒たちではなくその保護者達であり、その誰もが剣呑な表情を浮かべたまま壇上を見つめている。

 壇上に並んでいるは3名の人物。
 着したテーブル上にはそれぞれ「校長」「監督」「コーチ」というプレートとマイク。

 校長は50代半ばのふくよかな女性。額に浮かぶ脂汗をしきりにハンカチで拭いている。
 監督は50代の細身の男性。その頭髪は貧相であった。
 コーチは30代半ば。屈強な体をジャージに押し込め、竹刀を手にして居並ぶ父兄を圧するかのような視線を送る。

 「司会」という名札を付けたメガネ教員がマイクを手に取り、会場の端から呼びかけた。
 「えー本日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます。ただいまより、当校ラグビー部で発生した体罰事案について...」 
 「体罰じゃないわよ!」
 「指導の一環だろ指導の一環!」
 「言い直せ馬鹿野郎!」
「体罰」というワードに反応した保護者からたちまち怒号が沸き起こる!

 「あっはいたた大変しし失礼を致しました...当校ラグビー部での指導について誤解が発生している点についての説明会を開催...」
 
 「あのごめんなさい流石にこの件は全治2か月と6か月の骨折という重傷で、被害届も出ておりますので...誤解というにはちょっと......」
 校長が汗を拭きながら立ち上がり口を挟む!

 バシーン!
 コーチの竹刀が校長の背中を痛打!
 「ンアーッ!!」
 のたうち回る校長!

 「ラグビーの素人がわかったような口を利くんじゃない!ちゃんと練習してないから怪我をするし、ちゃんと言うことを聞かないから気合を入れてやってるんだ!誰のおかげでこの学校が名門を名乗れると思ってる!感謝しろ!いいか!感謝だ!」
 コーチが竹刀を振り上げ再び校長の背中を殴打!殴打!
 「ンアアアーッ!!!」


 「そうだそうだ!」
 「引っ込め無能!」
 「強くなるには犠牲が必要なんだよ!」
 「校長そこ代わってくれ」
 保護者達からはコーチに賛同する声が次々と上がる!

 校長は激痛のあまり立ち上がることすらできず倒れ伏す!

 「えーよろしいでしょうか」
 司会に代わりマイクを手にしたのは監督だ!
 「今回の件はコーチの熱心な指導を邪悪な体罰扱いし、あまつさえ治療費や慰謝料として金銭を巻き上げようとした異常な事案であります」

 「そうだそうだ!」
 「コーチのおかげで全国に行けてるんだぞ!」
 「今の若い者は根性が足りなすぎる!」
 「殴られるときには殴られる方に原因があるんだ!」

 監督の言葉にもこれまた賛同の声!

 監督は言葉を続ける。
 「えー、今回警察及び教育委員会に虚偽の事実を申告した部員はすでに退学処分とした次第ではありますが、今後こういった事案をきちんと隠蔽するためにも...」

 「隠蔽とはどういうことだ!」
 「何も悪いことはしていないだろ!」
 「もっと学校が堂々としろ!こんなの普通だぞ!」

保護者席が怒りの声で湧き上がる!今度は監督が矢面だ!

 「アーハイ!スミマセン。こういった裏切り行為を事前に察知するために部活動と保護者会を厳しくチェックする専門部署を設けることになりましたのでご紹介します...」

 「監視の目!よい管理社会!」
 「決まりを守らない奴をぶっ飛ばそうぜ!」
 「裏切者を殺せ!」
 「一致団結して全国へ!」
 
 保護者達が盛り上がる!

「エー、この専門部署には弁護士、格闘家などその道の専門職を置くことで裏切り密告者の言いくるめ、説得、懐柔、粛清、撃破などさまざまなケースに対応できるようになっております」
 監督が自慢げにスラスラと説明!

 「鉄拳制裁万歳!」
 竹刀を掲げ叫ぶコーチに会場全体が呼応する。
 「「「鉄拳制裁万歳!!!」」」
 「鉄拳制裁万歳!」
 「「「鉄拳制裁万歳!!!」」」 

 「それではご紹介しましょう!『古草校ラグビー部をよりよくする委員会』のみなさんです!」
 
 司会のアナウンスに会場が拍手に包まれる。
 しかし、それも一瞬のことだった。
 
 壇上袖から現れたのは女性がたった一人。
 褐色の肌を紺のリクルートスーツに包み、プラチナブロンドの長い髪をポニーテールにまとめている。
 その顔つきはフランス人形のように美しく整っていた。

 「……え?」
 すっかり静まり返った館内で発せられた監督のマヌケな声をマイクが拾い、コーチは勢いよく立ち上がり女性を指さした。
 「だ、誰だお前は!」

 女性は眉一つ動かさず、静かに答える。
 「私はゲリラ監査役青海苔のりこです。このたび県立古草高校ラグビー部の監査役に就任しました」

 「アンタなんか呼んだ覚えはねーよ!」
 コーチ激高!

 「委員会のみなさん!すぐにきてください! 不審者が!」
 監督がマイクで叫ぶ!

 「馬鹿者!みなさんをここに呼んでもどうにもならん!警備員を呼べ!」
 コーチが竹刀で監督を殴りながら怒鳴る!

 「グワーッ! は、はい! 警備の方!この女をつまみ出して!」

 「イーッ!」「イーッ!」
 体育館の入り口に配置されていた警備員2名がのりこに襲い掛かる!
 
 「イーッ!」
 警備胴タックル!
 のりこはがぶるようにタックルを切ると後頭部に先割れスプーンを突き刺す!
 「グワーッ!」
 悶絶!

 「イーッ!」
 警備高速裏拳!
 のりこダッキング回避!そのまま脛に先割れスプーンを突き刺す!
 「グワーッ!」
 悶絶! 警備員両名戦闘不能!

 「出雲さん!出雲さんきてください!不審者がーッ!」
 監督は恐慌状態に陥り、委員会の一人、極悪非道プロレスラーであるパワハラ出雲を呼ぶ!
 彼の肉斬り包丁は何人ものスターレスラーをやっつけてきた!
 しかし出てこない!

 「出雲さんどうしたんですか!?出雲さん!?」
 「みなさん救急車の中にいます」

 監督の悲痛な叫びに淡々と答えるのりこ。

 「そ...そんな...抜道弁護士も袖之下代議士も...いくらお支払いしたと...ウアアアーッ!」
 監督錯乱! 
 館内は状況を把握しきれず騒然!
 興奮して壇上に上がりのりこに詰め寄る父兄も出るが殴られ、蹴られ、投げられ叩き落される! 

 コーチは竹刀を構えのりこと対峙!
 「いいいい一体何が目的だ!」
 竹刀を大上段に振り上げる!

 「”教育”です。ここにいる全員の」

 館内のざわめきが更に大きくなる。
 
 「お...俺を追い出したら全国への道が閉ざされるぞ!」

 「人を壊して得る名誉に何の価値が?」

 表情を変えぬままゆっくりと両の拳を胸の高さまで上げる。

 衝突した竹刀をへし折ったのりこの拳がコーチの顔面にめりこむ、糸の切れた操り人形のようにその場にくず折れる。

 のりこはマイクを取り、会場の保護者達に呼びかける。

 「鉄拳制裁万歳。さん、はい」

 応えるものは誰もいなかった。

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 数か月後。
 『暴力を絶対許さない委員会』が常設された古草高校ラグビー部は県予選に臨み、相手校のコーチが体罰を振るっていたのを見とがめ、部員全員で殴り掛かったため1回戦反則負けとなったが、それはまた別の話である。


 

  
  

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