こんな社会

スイーツの守護者たち

 都内高級ホテル「ラ・ビオレンセ・越後」
 1階ビュッフェレストランにて開催されているスイーツバイキングは今日も大盛況だ。

 本場少林寺で修業を積んだシェフによる色とりどり、デザイン豊かなスイーツの数々は、無論、その味についても最高3つ星級のシロモノで高い人気を博し、多くの女性客を集めていた。

 若草色のワンピースに身を包んだ20代前半のショートボブ女性、鬼天堂アケミもその一人。
 普段は外資系総合商社の殺人OLをしているアケミは、2日に一度、頑張った自分へのご褒美としてこのスイーツバイキングを利用することを楽しみにしていたのだ。

 「たいへんお待たせいたしました。こちらからこちらまでのお客様、どうぞお入りくださいませ」
 前の客の制限時間が終わり、アケミたちが店内に通される。
 入店した途端甘い優しい香りが漂い、アケミは思わず目を閉じて鼻孔を目いっぱい拡げて香りに酔う。

 急に立ち止まってしまったのですぐ後ろの女子高生とぶつかってしまいアケミは慌てて謝罪!
 「キャッ!すみませんボーッとしちゃって」
 「気にする必要はねぇ。さ、行きなお嬢ちゃん」
 人が本来持っている優しさ、慈愛、その根源に触れたことに感謝しつつアケミは席に着いた。 
 
 皿を取りトングをカチカチと慣らし陳列場所に向かう。
 少しはしたないだろうかと一瞬自省したが、先ほどの女子高生も屈強なプロレスラーらしき男性もみんなカチカチやっている。よかった。よくはない。

 アケミの目の前にはレアチーズケーキ、モンブラン、アップルパイ、マカロン、豚玉、イカ玉、ミックスなどありとあらゆるスイーツ。

 とりあえずイチゴドーナツを2個とネギ塩カルビを600g皿に盛りつけて席に戻ろうとすると、何だか騒がしい。
 アケミの席のちょうど隣、金髪ドレッドヘアー銀髪コーンロウの女子大生風の2人組が、椅子の上に立ちながら山のように盛り付けられたスイーツの山をスマホで撮影していたのだ。

 「うぇーぇぇぇぇい!! 映えるぅぅぅぅぅぅ!」
 「イェェェェェェイ!! バズるぅぅぅぅぅぅ!」
 奇声!

 アケミは刺激せぬように自席に戻り、スイーツに手を付け始めるが、奇行は一向に終わる様子を見せない!

 「うぇーぇぇぇいいい!! クリームグレープソーダぁぁぁ!!」
 「イェェェェェイ!!! バズるぅぅぅぅぅ!!」
 金髪の叫びに銀髪が同調!

 「あーでもぉー グレープジュースだからぁ、炭酸入ってなくね?」
 「それなwwwwww」
 「いい考えあるべ」
 「かーわーいーいー!」
 考えの内容も聞かずに銀髪同調!botか!

 「こうすればよくね?」
 ストローを咥えた金髪はそのままグラス内に息を吹き込んだ!

 ゴボッ!ゴポポポゴポッ! ゴポポポゴポポッ!!
 耳障りな音が店内中に響き渡る!

 「イェェェェイ!! バズるぅぅぅぅぅ!!!」
 その様子を撮影した銀髪はチョーご機嫌!

 「申し訳ございませんお客様。他のお客様のご迷惑になりますので...」
 ホテル従業員からの注意だ!

 「はぁー!!??? アタシらお金払って入ってるお客なんですケドぉぉぉぉぉぉぉぉ?????」
 金髪が逆ギレ!

 「そーーーれーーーーなーーーー!!!」
 銀髪は...いつもどおりだ!

 「いやしかし...」
 なお諫めようとする従業員に対し金髪がスマホ画面を見せつける!
 SNSの投稿確認画面だ!

 「あんまり笑えるコト言ってっとぉーお店の悪口書いちゃうぞぉー」
 「燃えるぅぅぅぅぅぅ!!!」
 脅迫!
 店員はすごすごと退散!

 「さ、写真撮ったし帰るべ帰るべ!」
 「そーーーれーーーなーーー!!」
 
 なんたる暴挙!SNS映えする写真を撮るためだけの目的で、山ほど盛ったスイーツはこのまま残して退店するというのか!

 「え?ちょっとちょっとウソでしょ?」アケミも驚愕!

 そこに現れたのは先ほどアケミとぶつかった女子高生だ!
 「おいアンタら。さっきからうるせぇんだよ。あと食べ物粗末にすんなら二度とこういう店くるじゃねぇよ」
 金髪の胸倉を掴んで凄む!その眼光は猛る虎の如し!

 「うーーーけーーーーるーーーーー!!」
 だがこの緊急事態に際しても銀髪は動ぜず!
 そして金髪もそれは同じだった。

 「そんなイキってると、死んじゃうゾぉー!!」
 張り付いたような笑みを浮かべたまま、金髪は一切の躊躇なく女子高生の顔面を、爪を立てた両手でかきむしったのである!

 「キャーーーッ!!」
 あまりに残酷な所業に他の客から悲鳴!
 しかし、当の金髪ドレッドは妙な手ごたえを感じていた。

 爪が肉に食い込むいつもの感触がないのだ。
 確かに皮を引き裂いているはずなのに肉の感触がない。
 これは一体どういうことだ!?

 疑問はすぐに氷解する。
 次の瞬間、女子高生がズタズタになった自身の顔の皮を思いきりむしり取ったからだ! 
 顔だけではない、頭部全体、そして身にまとった制服も、体も、足元まですべて、外見を象るその全てがぼろぼろの紙片のようになって崩れ去っていく。
 
 その内にあったのはまさしく異形の存在であった。
 直立二足歩行する鶏というべきか。
 しかしその嘴には鋭い牙が無数に並び、体を覆う羽毛?は青、橙、緑などで層を成すように生えている。
 脚の爪は血で真っ赤に濡れ、右手で武骨な槍を掲げていた。

 「きーーーもーーーい!!」
 銀髪の叫びに答えるかのようにニワトリ人間が口を開いた。

 「私はもったいないオバケだ」
 「えっ」

 「なにそれ知らないんですケドぉぉぉぉぉ!?テレビの撮影?なら出演料ちょーだい?いちおくえん? ギョヒャヒャヒャヒャ!」
 金髪が笑う!
 「うーーーけーーーる!!」
 銀髪のいつもの!

 「食べ物を粗末にすると死ぬ」
 もったいないオバケは槍の穂先を2人に突き付けた。
 表情は読めない!ニワトリだからだ!
 だが2人は急速に膨張した殺意を感じ思わず身構えた。
 ベトナムのジャングルで、共に泥水を啜りながら生き延びたときの、忌まわしいあの臭いだ!懐かしいあの匂いだ!

 「死ぬのはそっちなんですケドぉぉぉぉぉ!?」
 殺られる前に殺るのが戦場の鉄則!
 振りかぶられる金髪の爪!もったいないオバケは槍で斬り払う!
 「ヤベーーーーーーイ!」 
 左手首から先が切り離され宙を飛ぶ!!

 「そ---れーーーなーーー!」
 背後から襲ってきた銀髪の腹部を石突で一撃!ダウン!

 「マジムカ着火ファイヤー!!」
 金髪が呪文を唱えると残った右手が炎に包まれた!
 テーブルに飛び乗り跳躍!炎の爪がうなりを上げる!
 
 「もったいない奥義、風量強!」
 もったいないオバケが槍をプロペラのように回転させると猛烈な突風発生! 金髪の右手に宿った炎がかき消され後方へ吹き飛ばされる!

 「ヤベーーーーーーッ!!」
 そのままドリンクバーの機械に直撃!後頭部殴打!失神!

 「ククク...所詮金髪ドレッドヘアーよしゑなど我らの中で一番の小物よ...」
 ゆらりと銀髪コーンロウお房が立ち上がってくる!

 しかし立ち上がる前にもったいないオバケは槍を床に突き立て棒高跳びめいて真横に低空跳躍!
 その薄い胸板に強烈なドロップキックが炸裂した!

 「やーーーーべーーーーーーーーい!!!」
 ワイヤーアクションめいて吹っ飛ぶ銀髪!その先にはドリンクバーの機械!
 GOSYAAAAAAAAANNN!!
 直撃!昏倒!

 勝利を確信したもったいないオバケは、2人のテーブルに残されていたスイーツの皿を口元にもってくると、一気に傾けて流し込んだ。
 食べ物を決して粗末にしない素晴らしい姿勢!
 
 口中でかみ砕いていたものをごくりと飲み込むと、もったいないオバケは「にゃーん!」と一声吠え、徒歩で店内から退出していった。

 ネギ塩カルビを焼きながらアケミは感じ入っていた。
 私も食べ物とそれを作る人に感謝を忘れないようにしよう。
 食べ物を粗末にするような人のところにはもったいないオバケが出てきて誅殺してくれる、そんな社会になったらいいな、そう思っていた。

 金髪が息を吹き込んだグレープジュースだけは、テーブルの上に残されていた。


【終わり】

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