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イッキューパイセン #6

 「ちょっとオヌシ!注ぎ口から酒を注ぐのはマナーに御法度さ!」

 雪深い夜、庄屋の屋敷にて開催されていた新年会。
 それは家主の大声での叱責により、一瞬で静まり返った。

 「いーい?ここがまーるくなってるでしょ? 注ぎ口は円が切れるところ!ワカル?縁が切れることに繋がるのさ?ワカル!?」

 庄屋は若者を人差し指で指したまま、口角泡を飛ばして捲し立てる。
 周囲の空気が冷え切ってしまったことも構わず、いや気づいていないのか、マナー講座という名の説教は一向に終わる気配が見られない。

 「オヌシ!この前の会合も遅刻したでしょ!そういうことだからイナゴが来るのさ!ワカル!?」

 半年も前の遅刻を持ちだし、無関係の事象に結びつけてまで続く。
 永遠とも感じられる地獄から若者を救ったのは間に入った一人の屈強な僧侶であった。

 何故僧侶が酒の席にいるのかなど、この場にいるものは誰も気にしていないので、読者諸氏にあっても気にする必要は微塵も存しない。
 目出度い席に相応しい真っ赤な袈裟には純白の刺繍で「檀家は偉くない」「坊主も偉くない」「最後まで立っていた奴が偉い」「弘法も保存せずに終了」「作法ではなく殺法」「ChangeYourself」などの有難い経文が躍る!
 この僧侶こそ「領主キラー」「アンタッチャボーズ」「知恵と暴力の権化」などと称えられる地元の名物僧侶、イッキューパイセンであった。
 その腕にはフライドチキンの12ピースバケットが抱えられている。
 本日4つ目のやつだ。
 
 「まぁまぁ庄屋さんよ、そのへんにしとこうや」
 「いやしかし礼儀作法の問題ですさお坊さm」
 「  そ  の  へ  ん  に  し  と  こ  う  や  」

 庄屋の襟元を両手でしっかり掴み、正面から至近距離で相手の目をしっかりと見つめての説得だ。
 この説得に応じなかったのは伝説のストリート水墨絵師、セッシューただ一人と言われている。
 
 「で…ではここはお坊様の顔も立てますさ…」
 「それでな、ちょっと面白いもん作ったんで、庄屋さんもちょっと見てくれや」

 そう言ってパイセンは庄屋と若者を含む列席者の皆を屋外に連れ出していく。

 「おおおぉ…」

 誰からともなく驚嘆の声が漏れる。
 そこにあったのは巨大なかまくらだった。
 全周は約10m、高さも3m近くはあるだろう。
 内部には豪奢な敷物、そして布団が敷かれており、その上には着物をはだけた、雪のように白い肌の妖艶な遊女が手招きしている。
 
「ウオオーッ!」
「ゆーきやぜんご!あられやぜんご!」
「俺の体温でかまくらがヤバイ!」

 殺到する男たち!
 しかしそれをイッキューが制する!
 「貴様ら礼儀作法を守れ!物事には順番がある!」
 「ゆーきやぜんg…グワーッ!」

 制止を無視してかまくらに駆け寄る男を殴り倒してイッキューは続ける。
 
 「一番偉い奴が一番最初だ!なあ庄屋さん!」

 突然の指名に庄屋は少し驚いた様子を見せたが、すぐに平静さを取り戻し

 「そういうことじゃ、流石お坊様は作法をよくご承知でおられるさ。さ、ワシが済むまでオヌシらはもそっと呑んでおれ」

 「んだよしょうがねーなー」
 「次誰がいくんだよー」
 「ゆーきやぜんご!あられやぜんご!」

 村の者どもが渋々と屋敷に戻っていくのをにやけ笑いで見送った庄屋は、遊女の方に向き直り、いそいそと自身の帯を解く。
 「ワシはベッドマナーも完璧さー!」
 そう叫び遊女に覆いかぶさった庄屋だったが、直後肩に鋭い痛みが走る!
 「グワワワワーッ!」
 庄屋悶絶!肩に食い込んだ牙を振りほどき遊女の顔に掴みかかる!
 「アワワワワワワワーッ!!」
 痛みとは別の悲鳴!
 顔面に施された特殊メイクの下から出現したのは、人食い妖怪スノーグールの醜悪で凶暴な形相!

 「だ…誰か助け…イヤーッ!」
 庄屋キック!食屍鬼を突き放し入り口に急ぐ!

 「イヤーッ!」
 「グワーッ!」

 入り口の外にいた何者かに突き飛ばされ再びかまくらの中に戻される!

 「お…お坊様!一体何を! 物の怪です!あの女、物の怪ですさ!」
 外に立っていたのはイッキューであった。
 庄屋を襲ったのは彼の恐るべきワンインチ・ハリテだったのだ!
 「GRUUUUUU!」
 スノーグールの牙が迫り、庄屋は再び外に出ようと入り口に走り寄る!

 「イヤーッ!」
 今一度のワンインチ・ハリテ!
 「グワーッ!」
 リピート再生のごとくかまくら内部へ!グールの牙が腕に食い込む!
 「グワーッ!お坊様どうして!どうしてさ!」
 
 庄屋の問いにイッキューは入り口に仁王立ちのまま答える。
 「入り口から出るのは縁を切るに通じるから作法に適っていないぞ」
 イッキューの顔には一切の冗談がない、庄屋の顔には絶望が浮かぶ。

 「わ、わかりました!二度と作法のことで口煩く申しません!」
 「本当か」

  グールの牙がより深く食い込む。
 「グワーッ!本当です信じて!」
 「よし」

 パイセンは深く腰を落とし、裂帛の気合とともにかまくらにカラテを叩き込む。
 「ハイヤーッ!」
 ダブルワンインチ・ハリテを受けたかまくらは庄屋が嫁に内緒で隠し持っている絡繰りコケシめいて振動し、粉々になって崩壊した。
 
 庄屋はグールを引きはがすと、這う這うの体で屋敷に逃げ込んでいく。
 
 イッキューはグールにタクシー代を渡して家に帰すと、5杯目のバケットに手を伸ばした。

【おわり】 
 
 

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