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ゲリラ監査役 青海苔のりこ #9 前編

 日曜未明。
 トーキョーシティ・ミナトエリア・アカサカ。
 同所に建つ地上40階地下80階の巨大建造物、東京毎日チャンネル放送センタービル13F。
 スタジオ、楽屋、編集室、給湯室、茶室、武器庫、ワードナの迷宮などさまざまな部屋、施設、通路が迷路のような複雑怪奇な構造を作り上げるその最奥、ミーティングルームD室のドアには『惨DAYな朝 企画会議』の貼り紙があった。

 『惨DAYな朝』とは同局が毎週日曜朝に放映している全年齢層向けの情報アジテーション番組で、40年以上の歴史をもつ局の看板番組である。
 
 打ちっぱなしのコンクリート壁で囲まれた10m四方ほどのミーティングルーム内ではネの字型にテーブルが並べられ、10数名の男たちが難しい顔をして座っている。
 
 ある者は頭髪をがしがしと掻きむしり、ある者は天井の照明を見つめながら紫煙をくゆらす。またある者はフェニルメチルアミノプロパンの塩類を炙ってその煙を吸引する。
 そのいずれもが険しい表情を浮かべ押し黙ったままで、咳払いひとつ許されないような重苦しい空気が室内を満たしていた。 
    
 「......で、結局何パーだったの?プロデューサー」
 まじまじと見つめていたレジュメをぱさりと机上に落とし、眼鏡を外しながら口を開いたのは上座にいる白髪の男性。

 室内の緊張感が一気に高まった。頭髪を掻きむしる手は止まり、煙草は灰皿へと押し付けられる。だが煙の吸引は止まらず、その視点は定まらないままだ。
 
 発言者である白髪の男は中肉中背、年齢は60いや70近いように見えるが、発するオーラは常人のそれではなく、鷹のような眼光はまっすぐ『プロデューサー』と呼ばれた男を射抜いていた。

 「は、ハイッ!」
 動揺か緊張か、それとも恐怖か、プロデューサーは上ずった声で返事をし立ち上がる。笑い声をあげるものは誰も居ないが、煙を吸っているものはひとりだけ居る。
 ブランド物の白ポロシャツに肩からピンクのカーディガンを掛け、両袖を胸の位置で結んだこの男こそ、『惨DAYな朝』プロデューサー、カネガネ・ホシイである。
 「え、エーッとですね、先週は、あの...天気も良くて朝から外出する家族連れが...その...」
 カネガネの返答は要領を得ず、ちょくちょく視線が白髪の男に移る。
 機嫌をうかがっているのだ。 

 その白髪男性は右掌をツッパリめいて前に突き出しカネガネの説明を遮ると、冷や汗に塗れたカネガネに視線を合わせて言った。
 「いいから。何パーだったの?」
 静かだが迫力に満ち、有無を言わさぬ声であった。
 
 「はははハイ、先週の視聴率は12.4パーセントでした、ハイ!スミマセン」
 カネガネがまた上ずった声で即答し、深々と頭を下げる。
 室内がにわかにざわめく。
 反応からするに、予想以上に番組の視聴率が伸びなかったのであろう。
 「あー疲れがぬけるわー」
 ほぼ同時に煙の向こうから気の抜けた声が聴こえてきたが、誰かがそれを拾うことはなかった。

 「12.4だと?そんなワケがないだろう、喝だ!」
 怒気を帯びた大声に一瞬でざわめきが収まる。
 その主は白髪男性の隣に座った大柄の男。
 白髪男より年齢も体格も一回りほど上だろうか。
 頭頂部はもの悲しく趣深い。趣深い。

 「まぁまぁハリーさん、少し落ち着こう」
 「セキさん、司会者のアンタがそんなことじゃだめだよ、喝だ!」
  白髪男セキがすぐさま嗜めるが、大柄男ハリーの興奮は収まらない。
 
 白髪の男、セキ・ヒロは40年近くにわたり『惨DAYな朝』の司会を務める国民に知らぬ者はいないとまで言われる大物司会者。
 穏やかな物腰とは対照的に、番組作りには異常なまでに厳しく、視聴率が10%下がった際には自ら切り落としたADと浮浪者の腕計4本を持参してスポンサーに謝罪に赴いたほど。
 「わくわく薬物ランド」「クイズ100人とヤりました」など数々の有名番組の司会を務め、テレビ業界に確固たる地位と権力とを築き上げている。
 

 その隣、元殺人プロ野球選手、ハリー3000はメイン・コメンテーターとしてセキとともに番組を支えてきた存在だ。
 現役時代、スナイパー打球、マッハ走塁、催眠サインなどで相手投手、野手、果ては選手に限らず審判や観客に至るまで3000人以上を殺害したことから、殿堂入りに際しコミッショナーより『ハリー3000』の名を賜ったレジェンドプレイヤー。
 しかし殺人野球以外のプロスポーツを基本的に見下しており、かつて殺人サッカーについて「あんなものは人を殺すだけの野蛮な球技」と発言し大炎上を呼び、殺人ボクシングを「殺しに道具も使えない未開人の遊び」と揶揄し殺害予告が来たこともある。
 なお殺害予告犯は返り討ちに遭い上半身を北極点に、下半身を南極点に晒された。

 この2人に視聴率低迷の責任を問われるのだ。さながらカネガネPは双頭の大蛇に睨まれたアマガエルの如し。
 「もっ......もももちろん対策はありああります!」 
 さらに上ずった声でしかも噛みながら答えるが、やはり笑う者はひとりもいない。
 煙を吸っていた奴は注射器の針を肘の裏側へ当てていた。

 「これです!」
 カネガネが手元のリモコンを操作し、ミーティングルームに設置された150インチ32Kテレビモニターの電源を入れる。

 「なんだねこれは?」
 「子供向けマンガのキャラじゃないか!喝だ!」

 そこに映し出されていたのは、【※この部分の描写はかつてないほど高いコンプライアンス順守マインドにより自主規制されました】のアニメ調の少女のイラストだった。

 「漫画を読むと頭が悪くなる!喝だ喝!」
 「...これがどういったわけで対策になるの、カネガネくん」

  漫画とアニメの区別もロクにつかないカツカツおじさんを無視して、セキがカネガネに問いかける。
 「そこなんですよ!」
 カネガネはドヤ顔でポロシャツの襟を直すと、人差し指をピンと立てて気持ち悪い笑みを浮かべた。
 
 バヒュン!!
 
 その顔のすぐ真横を一陣の風が通り過ぎて行く。
 直後、カネガネ後方の壁に蜘蛛の巣状の亀裂が生じ、大粉砕!
 振り返って呆然と壁を見つめるカネガネ。
 我に返りゆっくりと向き直る。そこには極上アオダモ製のバットを振り抜いたハリー3000の姿があった。

 「いいからさっさと説明しなさい、喝だ!」

 引退して数十年が経過しているとはいえ、レジェンド殺人野球選手たるハリーの殺人ノックは健在である。
 290㎞/hの強化チタン硬球の直撃を受けては、ミーティングルームゆえの超防音壁まで完膚なきまでに破壊せしめるのだ!

 「は、はははははいっ! わかりましたぁっ!」
 恐怖のあまり失禁しそうになるのを強靭なテレビマン精神力でこらえながら、カネガネは説明を再開した。

 「実はですね、これはあのサンライズの日曜アニメで再来週に登場する新キャラクターなんです、ハイ」


 サンライズブロードキャストは東京毎日チャンネルのライバル局であり、視聴率をめぐりタレントの引き抜き、ロケの妨害など足の引っ張り合いが日常茶飯事で、毎日のようにお互いがBPOに呼び出されているほどだ。

 「ああ、あれね!私も娘と観てますよ!意外と面白k」
 カネガネの話に乗ろうとしたAPの頭は、ハリーのバットによってスイカ割りめいて粉々に打ち砕かれた。
 
 「ふむ、さすがにワシでもわかったぞ」
 血まみれのバットを手にハリーは邪悪な笑みを浮かべる。


 「はい、この画像をSNSで拡散させて、視聴意欲を失くさせます」
 カネガネはより邪悪な笑みで応えた。

【続く】
 

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