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#6 掘って掘って、つなぎあわせて、気づいたこと

「久しぶり、こっちこっち。」

法事や新年会で1年に1回くらいは会うことがある私のいとこは、6つ年下。
小さい頃はよく一緒に公園にいったりトランプしたりして遊んだ。

今となってはお互いもういい年になった。
しかしこうして居酒屋で二人でじっくり話をするなんて初めてのことだ。
適当にオーダーを済ませると、私は話を切り出した。

「私は今日、誰かに頼まれてきたんじゃないし、何か言いたいことがあるのでもない。ただ、ユウちゃんの話を聞きたいんだ。話せる範囲でいいから、話してくれるかな?」

「そうなんですね。突然呼び出されたから・・・何か親から言われたのかと思いました。(ほっ)」

「頼まれてはいないけどね。うちの姉ちゃんも、ユウちゃんのお父さんも、
ユウちゃんのこと、本当に心配しているよ?」

彼は何か言いかけたけれど下を向いて無表情になった。

(彼はよく何かをいいかけてやめたり、言葉を詰まらせたり、下を向いて
スイッチが切れたように無表情になるのがいつも私には気になっていた。)

「とにかく今日はいろんなことを話して、これからいい方向に進めるように一緒に考えて、私に手伝えることがあれば協力したいんだ。」

乾杯をして少し雑談をしたあとに本題に入った。

事前に質問したい項目はメモしてきていたので、少しずつ話を聞きながら、
相手の話の腰を折らないように注意深く聞きながら、質問を挟んでいく。

<過去>について
・父、母、自分の過去を振り返る ・自分はどんな少年だったか
・親にされて嫌だったこと、つらかったこと ・楽しかったこと
・自分がいちばん自分らしいと思える時代はいつか  ・交友関係
・自分の能力について ・同居の母親と祖母の死は どういうものだったか
・突然会社に来なくなった理由はなにか

<現在>について
・一人の時何をしているか、何を思っているか  ・借金の理由と内訳
・やってみたいと思っていること ・絶対にしたくないこと
・体や健康面での悩み ・信用できる人はいるか
・いま、何%くらい素直に自分のことを話せているか

<未来>について
・どういう生活をしたいのか  ・労働意欲はあるか
・会社を継ぐことについてはどう思っているのか

二人の話は4時間に及んだ。


彼の話をまとめると

彼の話を幼少期から順を追って深く聞いていくことで少なからず見えてきたことがあった。それはだいたいこのようなことだ。

・父親の評価がとてつもなく低い(親としても社長としても)
・過去のことで恨みに思っていることがたくさんある
・自己肯定感も極めて低く、コンプレックスが非常に大きい
・望みや楽しみ、将来の希望も展望も何もない
・ほとんど友達や交友関係がない
・交際はもとより結婚など絶対にしたくない
・完璧主義で挫折や失望を抱えている
・健康面で大きな問題を抱えている
・もの選びや居住地選びに非常に強いこだわりがある
・今は引きこもって論文を書き続けている、ネットで少数の読者がいる
・食べていくのに必要なだけの最低限の金があればいい、何もいらない
・借金の理由は主に食費、病院代。ギャンブルや遊興費ではなはない
・会社に来なくなった理由は就労中の5年間にも少しずつ借金をしていて、
 それがバレて来られなくなった(衝撃の事実)


姉から事前に聞いていた話もつなぎあわせていく

まず、もっとも重要な部分として、
彼には身体的な問題があることがハッキリとわかった。
「仕事をすると一日5食とらないと頭痛がして体もフラフラして動かなくなるから食費が10万かかる」という話については、姉がたしかに、午前10時と午後3時にコンビニでパスタなどを買ってきて隠れて食べていて、あんなにやせているのになんであんなに食べているのか不思議だったと言っていたのを思い出した。
消化吸収に問題があるか摂食障害などの可能性があると思った。

また、これらの症状と関連して、「精神安定剤と筋弛緩剤を医者からもらうのに月3万円の医療費がかかる」というのも嘘ではないと思った。

着ているものや身に着けているものに高価なものはなく、友達もいない彼がショッピングで散財していることも考えにくかったが、ふと、『そういえばいちも同じ服を着ている気がする』ので聞いてみると、「素材が合わないとどうしてもダメなので気に入ったら同じものを一度に3つくらい買います」というのだ。これも姉が「一足3万もする革靴を3足も買ったとか言ってたけどちょっと変じゃない?」と話していたのを思い出した。
また、仕事中の作業着も「着ろ!」「着られない」でもめたと聞いていた。
身に着けるものに対するこだわりがすさまじいがそれは見た目ではない。
肌触りや形に対して強いこだわりがあるのだ。

また、音に対する過敏もわかった。小さい頃の嫌だった思い出にも「音」が出てきたし、姉から聞いた話にも「仕事中にヘッドホンをしていて、工場でそんなのは危ないからやめろ!と社長ともめていた」というのがあった。
そういえば本人も以前、大きな声で話す人が苦手だと言っていた。

また他にお金をかけているものとして彼があげたのは本や参考書類なのだが、「勉強」に対する執着は小さい頃からすごく強かった。行きたい学校、授業を受けたい教授、好きな塾講師。こだわりが強すぎるゆえに、普通の人ができる”受かった学校で納得して頑張る、楽しむ”ということができなかったことが9年も大学にしがみついてしまった理由なのだろうか。
また、学問で身をたてたい、学問で認められたいという強い欲求が満たされないままで、いまだに一人で勉強をしているという。しかしこれには姉曰く「学問を逃げにしているだけ。働きたくないのが根底にあって、学生でいればそれが許されるからずっと学生でいたいってだけ。」と評されている。
本当にそこまで大学院にいきたければお金をためてでもいくはず。
これも真実かもしれない。

少し話が脱線したが、彼と話をしていて感じたのは、
ほとんど受け身で自分からは話をしないが、人間嫌いというわけではなく、むしろおしゃべりが好きなようにも見える。しかし自己主張はしないけど、こちらが何か提案したときに「それは絶対無理」と頑なに拒否することがある。嫌なことに対するこだわりがかなり強いと感じる。

また自分の話をするときの言葉の選び方や表現が、バカ正直というべきか、それを言ったら自分に不利益ではないかというような言い方だったり、
相手にどう思われるかを考えて発言しているように思えない印象を受ける。
私は身内で味方だからあまり気にしてこなかったが、もしかしたら他人とのコミュニケーションにおいては知らずに相手を不愉快にさせてしまうとか、
意図せず敵をつくってしまうことがしばしば起こりうるかもしれない。
実際、本人の話にも「大学のゼミでお前はもう来るなと言われました」とか「塾のバイトでお前は電話をとるなと言われました」というのもあったし、
姉から聞いた話にも「会社在籍中に経営者哲学を指導してもらおうと社長が知り合いの指導員に教育をお願いしたら”彼だけは無理ですね。どうにもなりません”と匙を投げられた」とも聞いている。


総じて、コミュニケーションに問題が起こりやすい性質があると思った。



つなぎあわせていって、初めて気づいたこと。彼はASDである。

帰宅してからずっと、何日もの間、私はASDに関する資料を読み漁った。
そして答え合わせをしていくうちに強く確信した。

彼はニートだとか働くことから逃げているとか、単純ではない。

彼はASD(自閉スペクトラム障害)”大人のアスペルガーであったのだと。

このことに今まで誰も気づいていなかった。
本人ですら気づいていなかったのだ。


これまでおかしいと感じてきたこと、何か変だと思っていたことが、
すべてスッキリと収まるところに収まった気がした。

なんといっても、会社に突然来なくなった理由が、
仕事のトラブルや人間関係などみんなが想像したものではなかった。

手取りで25万円もらっているにも関わらず、足りない分を借金でまかなっていたことが親にバレて、来られなくなったというのだから驚きだ。
普通に考えて対策がとれない、相談もできない、後先も考えられないなんて
これが障害でなくてなんだろうか。


まずは姉にこのことを理解してもらって、それから親にも理解してもらって
身内が社会復帰に向けたバックアップをしなければならないと思った。