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#4 後継者問題

姉から社長息子の危機的状況を伝え聞いてから私が最初にしたのは、
社長とサシで飲むことでした。
まず先に、社長の考えを聞きたいと思ったからです。


叔父(社長)のいきつけの店で待ち合わると、カウンターの大将に向かって小指をピンと一本立てたハンドサインで
「コレじゃないからね?姪っ子よ、俺の姪っ子♪」なんて聞かれてもいないことを嬉しそうにやっている姿は(自分の年齢わかってんのか・・・?)
実にこっぱずかしい昭和のノリのですが、身内としては可愛くもあります。

叔父はどことなく嬉しそうで、考えてみたら法事や新年会で毎年会っているとはいえ、こうして二人で話をするなんて初めてのことです。
どんな話をされるのか?という緊張もたぶんあったと思いますが
根っからのポジティブ人間&明るい叔父であり、対する私も
コミュニケーション能力だけは突出しているタイプなので
酒を酌み交わしながら話しはとても和やかに進みました。

会社設立からの武勇伝社長の持ちネタをいくつか聞いて場が温まった頃、
本題の後継問題に入り、問答を繰り返していくうちに、社長のだいたいの
考えは見えてきました。

・会社はまだまだ100年以上もつよ(業界やニーズに問題はない)
・俺の仕事なんて誰でもやれるよ(楽観・無責任)
・あいつはダメだね(息子は100%ないと断言)
・何人か知り合いに声かけたこともあるがなかなかね(本気度不明)
・後継者問題なんていくらでも選択肢はある(具体的な言及なし)
・結論、いまは現状維持

社長の息子の現状については、少し痛ましい親の気持ちが伝わってきた。
・あいつが突然バックれて指導してくれた人に対し申し訳ない
・俺に一度手紙をよこしたが読むに堪えないひどい内容だった
・死をちらつかせて親を脅迫してくることだけは決して許せない(金銭)
・何があろうとも二度と金は出さない(すでに一度肩代わりした)
・自立してさえくれれば俺はもう帰ってこなくていいと思っている

会社の後継問題はさておき、親としての気持ちに触れ、胸が痛んだ。

実はわたしは小さい頃に社長の家によく遊びに行っていて、社長息子と私は昔は兄弟のように遊んだ仲なのです。
仕事仕事で社長はほとんど家にいなかったけれど、それでも息子を愛して、どれだけ期待していたかは、私はよくわかっていたから。
それがいつの間にかこんなことになっていたなんて知らなくて。

この状況だけはなんとしても間に入って助けてあげなければいけないと思いました。



2017年問題に直面

・団塊の世代の経営者が70歳を迎えるのが2017年問題
・後継者不足による企業の廃業
・経営の余力を残しているにも関わらず「隠れ倒産」が急増

まさにこの真っただ中にいると認識。


自分がまだやれると思っても周りがそう思うかは別

姉に社長と話し合ったことを後日伝えると、
65歳になる「2012年問題」だって騒がれたし、うちの会社だって当然、
そのころから引継ぎ考えてという声は何度かあるにはあったんだよね。
けれど社長の人並外れた若さとパワフルさがあだになったのかな、
誰が見ても10歳は若く見られるので(これは本当)本人もまだまだ
”後継者なんて”という気持ちになってしまったんじゃないかな。
70になった今でこそ少し丸くなってきたけど、数年前まではもっともっと
強かったし、誰の言うことも聞かなかったんだよ、と。
でもね、本人が若い、まだやれると思っても、周りが同じように思うかっていうと話は別よ? この期に及んで「選択肢はある」とか「考えてる」とか「誰でもできる」なんて言ってるのは現実逃避としか思えないよね。
確かに姉の言う通りだと思いました。


うちの後継者問題はなぜ先送りされてきたのか?

①社長が健康でそもそも世代交代を望んでいない
②社長は人を育てるのには向いていない
③社長が一番忙しい
④会社にナンバーツーがいない
⑤従業員も社歴35年以上の”Yesマン”が実効支配
⑥後継者候補の社会経験が乏しい、資質もない
⑦同族にほかの候補者がいない
⑧息子はバックれて後継者が宙ぶらりん状態
⑨社長は創業者であり誰の意見も聞かない
⑩会社が儲かっていない

整理して列記してみると、たしかに、現状ではまったく、事業継承を考えるスタート地点にすら立っていないのだと改めて思いました。

さて、困った(;''∀'')


まず手掛けるべきは、やはり⑥⑧息子の問題。
「息子は100%ない」なんて言っているのはまるで本心じゃない。
なんだかんだ言って社長に心残りや未練があることは口にしなくてもわかることなので、ここがハッキリしないと前に進むことができないのは明白。

息子本人に本当にその気があるのか、ないのか、
すべてはまずそこだ。

少しでもやる気があるのならやれる環境を一緒に考えるべきだし、
やる気がないのならお互い気持ちよく別の道を歩んでいくべきなのです。




それでもこの時点でわたしはまだ明るく考えていました。
5年間勤めたんだからきっと継ぐ意志がなかったわけじゃないはず。
きっとちゃんと話し合って、ちゃんと環境を整えればきっとうまくいく。

この時の私はわくわくとした使命感でいっぱいでした。



【人物相関図】