💾 ハルクウーベン奇譚:レンデゴイル夜話(0)栄光への、あるいは破滅への序
* 第0話 *
栄光への、あるいは破滅への序
石畳の足元は苔と地下水で滑りやすかったが、フロスガルの足取りは慣れたものであった。雪解けで水浸しになった曠野(こうや)を幾度となく踏破し、時にはぬかるみの戦場で敵の軍勢と相見えてきた歴戦の傭兵戦士にとって、かかる足場ごとき、難所ではない。フロスガルは全身の筋肉を震わせ、剣を握り直した。先ほどから背後に気配を感じているのだ。それは一定の距離を保ちつつも、明らかに距離を詰めて来ている。戦いは近い。
迷宮の両壁と天井では、びっしりと生えたヒカリゴケが青緑色の仄かな光を放っていた。心もとない明かりではあるが、ある程度は周囲を見ることができる。むしろ今の状況で松明を灯すのは、逆に愚かなことに思えた。得体の知れぬ連中がうろつく場所で明かりを掲げて歩き回るなど、目先の安全こそ確保できようが、遠方からの脅威を呼びかねない。火の爆ぜる音は案外遠くまで届くものだし、揺らめく炎も、それによって伸び上がる己の影を隠すこともできないからだ。暗闇の中であればともかく、微かなれども充分な照明がある以上、盾を構えている方がよほど安全である。
背後の敵は、その数を増やしたようだ。今や足音を隠す様子もなく、なかば駆け足で近づいて来ている。フロスガルは少し先にある右への曲がり角の奥で、敵の接近を待つことにした。足音の数からして、三人が相手ということになろう。音の重さから察するに、おそらく軽装の人間か、それに近い体格の敵だ。
このような狭い回廊において、多対一の戦いは必ずしも不利ではない。フロスガルは落ち着いた様子で盾を背中に担ぐと、角を曲がったすぐ先に立って剣を構え、左側の壁ぎりぎりに身を置いた。こうすれば、敵は剣や斧を自由に振るえぬ。一人目は出会い頭の一撃で仕留められよう。
敵どもの足音はすぐそこまで迫っていた。こうも大股で走っていたら、フロスガルがここで待ち伏せしていることにも気づけまい。フロスガルは息を殺し、敵の息遣いにすら聞き入るかのように、大きくなる足音との距離を測る。五…四…三…二…一。
ここから先は
寄せられたサポートは、ブルボンのお菓子やFUJIYAケーキ、あるいはコーヒー豆の購入に使用され、記事の品質向上に劇的な効果をもたらしています。また、大きな金額のサポートは、ハーミットイン全体の事業運営や新企画への投資に活かされています。