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東京、まいける、墓地。

まいける東京探訪シリーズ第2弾です。第1弾は
https://note.com/hermitaur0328/n/n84a0f4ef05f0

(今回は宗教、特に仏教の内容に触れるため多少なりともセンシティブかもしれませんが、まいけるは皆様各個の信教の自由を尊重しております。)

まえがき

墓地というのは多くの死者が一堂に会する場所ですから、その居心地は概してあまり良くないでしょう。ですが墓地を訪れるという行為は、眠れる魂を安らげるとともに、残された家族たちのつながりを再確認するという意味において、意義深いものです。近い将来訪れるであろう「多死社会」に向き合うためにも、墓地の運営・維持管理の重要性は今後ますます高まると予想されます。

墓地というのは無論、墓標が建てられているわけですが、墓標とともに重要なサブアイテムがあります。卒塔婆です。

まじでいらすとやって何でもあるな

卒塔婆を知らないという人は少ないでしょうが、卒塔婆がなぜ使われるのか、なにを目的としているのか、今回はそれを勉強してみます。

卒塔婆の概要

これぞまさに釈迦に説法かもわかりませんが、仏教は古代インドから出発した宗教であり、当時の仏典はサンスクリット語(梵語)で記されていました。もともとは仏典を記す上では、プラークリットとよばれる各地の地方口語が用いられていたようなのですが、4世紀ごろから梵語を用いる方向にシフトしたそうです。「卒塔婆」とは、その梵語の「ストゥーパ(स्तूप)」に由来します。ストゥーパは「高く顕れる」という意味であり、仏教における涅槃を象徴しています。

さきほどの画像のように、卒塔婆は縦長の木の板で作られますが、これは仏塔を簡略化したものとみなされます。仏塔とは、仏舎利(仏教の始祖である釈迦の遺体・遺骨・またはその代替物)を収納した仏教建築です。すなわち、卒塔婆は建築物を模擬したものとしての性格を有しているので、数えるときには1枚,2枚…ではなく1基,2基…と数えます。

(古代インドでは、仏教が各地に伝播していくにつれ、ストゥーパの数も増えていったようです。しかしながら釈迦は一人しかいませんので、ストゥーパが増えるほど仏舎利は枯渇していきます。よって宝石や経文などが、仏舎利の代替物として扱われ始めたようです。)

卒塔婆には何が書かれているのか

日常的に生きていると梵語を学ぶ機会はそう多くないので、卒塔婆に書かれている内容は極めて難解に映ります。その謎を紐解いてみます。

https://isememorial.co.jp/%E8%B1%86%E7%9F%A5%E8%AD%98/page503/より引用

この画像があまりにもわかりやすいので、そのまま引用させていただきました。卒塔婆の表面には空、風、火、水、地を意味する梵字が記されています。仏教ではこの5要素により世界が構成されていると考えており、人間もまた然りです。さらに卒塔婆はこの5要素を用いて、五重塔をモチーフとした作りになっています。

その他、卒塔婆の表面には「種子」が記されています。これはしゅしではなく、しゅじと読みます。種子とは、仏様の種という意味であり、供養する日に応じて不動明王、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩、地蔵菩薩、弥勒菩薩、薬師如来、観音菩薩、勢至菩薩、阿弥陀如来、阿閦如来、大日如来、虚空蔵菩薩の十三仏のうちいずれかが割り当てられます。

卒塔婆は5種類の梵字、種子、さらに戒名(あの世における故人の新しい名前)、年忌(故人の死後、年ごとに巡ってくる命日を指す言葉)を加えて、卒塔婆の表面は完成となります。

一方裏面には、大日如来を表す「バン」という梵字の他、建立年月日(卒塔婆を初めて立てた日)および施主名(卒塔婆の作成を依頼した人の名前)が書かれます。大日如来についての詳しい説明は割愛、というよりめんどくさいし難解すぎて書けないと言った方が正確ですが、「万物の慈母であるとともに宇宙の中心であり、宇宙の真理そのもの」だそうです。

なぜ卒塔婆を建てるのか

卒塔婆は故人の「追善供養」を目的として立てられます。追善供養とは、残された人たちが故人の成仏を願って法要や墓参りを行うことを言います。

仏教では、亡くなった直後の故人は現世と来世の間を彷徨っていると考えます。その間、故人は冥土の旅に出て、生前の善行や悪行の審判を受けた後に死後の行先が決まると言われています。この辺りは、いわゆる四十九日の考え方と深く関係しています。四十九日=7×7日であり、故人は1週間に1回、合計7回の審判を受けます。そしてその審判の結果が決まるのが四十九日であり、遺族達は故人の幸せな来世のために、法要という形で故人の善行を積みます。また法要によって積んだ善行は、故人のみならず自分自身の善行にもなります。これがまさに追善供養であり、すなわち卒塔婆は故人と自身の来世のために用いられます。

卒塔婆とまいける

で、なんでこんなに卒塔婆のことをつらつら書いてるのかというと、前回(https://note.com/hermitaur0328/n/n84a0f4ef05f0)と同様ですね。「卒塔婆を見たことが無かったから」です。

我が家は代々、浄土真宗の檀家です。実は上に書いたことは、浄土真宗にはほとんど関係がありません。浄土真宗には「往生即成仏」の考えがあるため、追善供養も通常行われません。と言いつつ浄土真宗であっても四十九日法要は普通に行われるのですが…よくわかりませんね。浄土真宗における四十九日は、故人への感謝を伝えるなども意味合いが大きいようです。
浄土真宗では追善供養が行われないので、お墓にも卒塔婆は建てられていません。まじで地元の墓地では卒塔婆は皆無です。

東京の自宅から坂を下って1 kmほど歩くと小規模な墓地があるのですが、そこに広がるのは卒塔婆フィーバー。ミンミンゼミの時と同様に、「おぉこれが本物の卒塔婆かぁ」と嬉しくなってしまったわけですね。なので3,000字以上を費やして、こんなものを書いている次第です。

先日、職場の同僚にこの話をする機会がありました。「東京の墓ってすごいんだよ、だって卒塔婆があって…」という話をすると露骨に怪訝な顔をされました。きっと彼らは、またこいつ頭のおかしなことを言ってるなとでも思っているのでしょうが、しかし私から言わせれば、そういう日常の些事に対していかに興味関心を見出すかが面白い人生の秘訣なんですよね。セミにしたってその通りで、その鳴き声をただのノイズと見做してフラストレーションを蓄積させていくのか、それとも東日本と西日本の差をセミに見出して見識を深めるのか…

前回書き忘れてしまったのでここで加筆させていただきたいのですが、私のいちばんの推しセミはニイニイゼミです。

日本で見られるセミとしては最小の部類になるのかなと思います。指先サイズです。鳴き声はか細く可愛らしいので、音量も控えめです。他のセミと比べるとかなり小型で威圧感も少ないので、セミ無理!という方にもおすすめです。夏が終わる前にぜひ一度見つけてみてください。

卒塔婆の話をしていたはずなのに、なぜかまたセミの話をしてしまいました。かつて少年まいけるは夏休みにクマゼミを20匹ほど(しかも素手で)捕獲して、お隣に住んでいた生物の先生に検体として提供したことがあるほどのセミ好きだったのですが、今ではすっかり苦手です。ちなみに20匹のクマゼミは先生のお宅で冷凍保存されていたようです。う〜ん、なかなかに奇特な方である。

夏も終わりに近づきつつある中、多くのセミ達が命を散らしていったことでしょう。灼熱の中を懸命に生きたセミ達に敬意を表しつつ、卒塔婆を建てて成仏を祈ることとしましょう。綺麗にオチがつきましたね、それでは。



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