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【漫画原作】シトラス・バイロケーション【第二話】

第二話

P.1

:アイバ「先生って、どれくらい生徒のこと知ってるんですか」
職員室、神妙な面持ちで事務椅子に座るアイバ。手には3点の英語の答案。あまりのひどさに呼出しをくらっている最中。
:タチバナ「うん…?」
アイバ「ハツネさんの腕なんですけど」
タチバナ「ああ、あれね」
:隣のコデラのデスクから崩れかかったファイルを止めるタチバナ。
タチバナ「テニスで無茶しちゃったんだって」
タチバナ「入部には間に合うらしいけど――」
:アイバの手が膝の上で「ギチギチ」とこぶしを作る。

P.2

:アイバ「全然知ってないじゃんか…」
昇降口で靴を履き替えるアイバ。半開きになったカバンにはくしゃくしゃになった答案が突っ込んである。
:アイバ「やれやれ…」
立ち上がった鼻先にハツネのニコニコ顔。

P.3

:アイバ「おあああああっ!?」
後ろに飛びのくアイバ。カバンから吹き飛ぶ答案。
:ハツネ「呼び出し、お疲れさま」
キャッチした答案を太陽に透かすハツネ。今日も三角巾で右腕を吊っている。
ハツネ「へえ もっと勉強できるヒトかと思ってた」
:アイバ「お、おま なんで!」
:ハツネ「友達(クラスメイト)と会うのに理由なんて要るかな」

P.4

:「ガシャッ」と自販機から吐き出されるコーラ缶。
:ハツネ「ほら」
アイバに缶を差し出すハツネ。彼女自身の分は無い。
アイバ「えっと…?」
ハツネ「口止め料」
:もらったまま缶を開けずに憮然とするアイバ。その隣で、ハツネは財布の口を閉じるために下を向いている。
ハツネ「腕のこと、誰かに言った?」
アイバ「いや。なあ きみって」
ハツネ「『ハツネ』。せめて『タチバナさん』」
遮って言うハツネ。

P.5

:ハツネ「明日はおごってもらうから」
ニコッと笑うハツネ。
:呆然とするアイバ。一瞬だけ惹かれている。
:(暗転)
アイバ「この女、ワケわかんねえ…」

P.6

:ハツネ「わたしたちの初恋って小学校だったよね」
テニスコート。先輩のラリーを見学するハツネとタチバナ。
:ハツネ「相手はクラスの男の子」
タチバナ「あなた、アイバくんに何かしたでしょ」
にらむようにテニスコートを眺めるタチバナと、彼女に微笑みかけるハツネ。
:ハツネ「うん。告白しちゃった」
タチバナ「わたしはシリアスなんだけど」
ハツネ「知ってるよ」

P.7

:ハツネ「わたし、本当に好きなんだ」
 鼻先から下が映っているハツネ。口では笑っているが、目もとは分からない。

(場面転換)

:アイバ「これ」
コーラ缶を目の前に突き出すアイバ。

P.8

:ハツネ「コレ…?」
アイバ「口止め料のお返し」
昇降口で、靴を換えるハツネにコーラ缶を差し出すアイバ。昨日とは逆のポジション。
:アイバ「じゃあ、そういうことで」
逃げようとするアイバの袖をつかむハツネ。
ハツネ「ちょーっと待った!」
:アイバ「まだ何かあるのかよ…」
ハツネ「腕のこととか聞いてよ! 気になるでしょ!」

P.9

:アイバ「やだ。絶対めんどくさい」
下校路をすたすた歩くアイバ、その後ろを追いかけるハツネ。
ハツネ「大丈夫めんどくさくないから!」
アイバ「今がめんどくさいって言ってんの!」
:頬を膨らませるハツネ。
:アイバの後ろ手に「ムギュッ」とコーラ缶が押し付けられる。
:振り向くアイバ。見るからに嫌そうな顔。
アイバ「あのなあ…!」

P.10

:半泣きになってわなわなと震えるハツネ。
:アイバ「あ…」
気まずそうなアイバ。
:アイバ「いや…ごめん」
ハツネ「泣かれたくらいで曲げるなバカ!」
うつむくアイバにムキになるハツネ。
アイバ「その…」
:ハツネ「じゃあ明日も。約束ね!」
コーラを持つアイバの手を包み込むハツネ。

P.11

:「じゃあね」と去って行くハツネの後ろ姿。
アイバはコーラ缶を握ったままボケっと突っ立っている。
:アイバ「…やっぱりワケわかんねえよ」
コーラ缶に向かってつぶやくアイバ。背後に『藤宮市中央病院』の看板。
:アイバ「ま、いいか」
「カシュッ」とプルトップが引かれるコーラ缶。

P.12

:デスクに置かれた飲み差しの湯呑み。横には「SV go 自動詞, SVO visit 他動詞 落ち着いてゆっくり!」と書かれた授業用カンペ。
コデラ「お疲れさまです」
:チョコの箱をファイルの山越しに差し出すコデラ。
コデラ「どうぞ」
タチバナ「あ、どうも…」
:コデラ「ずいぶん苦戦されてるみたいですね」

P.13

:タチバナ「そっちでも満点でしたっけ、ハツネさん」
もぐもぐとチョコを食べるタチバナ。
:コデラ「まあ あれは何ですかね、才媛(さいえん)?」
タチバナ「才能くらい努力でいくらでも作れますよ」
デスクに向かうタチバナたちの後ろ姿。「ごりっ」とタチバナの方でチョコが噛み砕かれる。
:コデラ「タチバナ先生はTOEFL(トイフル)116点だとか」
タチバナ「はい。努力しましたから」

P.14

:コデラ「もう充分にスゴいことだと思いますけどね」
タチバナ「本当にスゴかったら良かったんですけどねー」
コデラ「いやいや」
ジト目で鼻と唇のあいだにペンを挟むタチバナ。
:コデラ「僕なんて釣りくらいしか取り柄が無くて」
コデラを横目で見るタチバナ。すうっと目からハイライトが消える。
:コデラ「はは、笑っちゃいますよね…」
タチバナ「いえ。素晴らしい趣味だと思います」
顔が影になって表情の読めないタチバナ、席を立つ。

P.15

:トイレ。「バシャッ」と水で顔を打つ音。
:タチバナ(なんで同じ人ばかり集まるかな…)
前髪から水をしたたらせて、洗面台の鏡に向かうタチバナ。
:回想。壊れたカワサキのゼッツー。折れた釣り具を抱きしめてくずおれる学生服のタチバナと、足元でバラバラになったテストの答案用紙や成績表。
:また顔を水で打つタチバナ。

P.16

:ミカ「あの人、カノジョさん?」
夕日の差し込むベッドサイドテーブルに置かれた文庫本。ライトノベル。
:アイバ「ちげーよ。ただの絡んでくるクラスメイト」
ミカ「兄さん、とっても楽しそうだった」
ベッドでドレーンチューブまみれになった少女が微笑んでいる。
その傍らで椅子に腰かけるアイバ。答案を入れたカバンは丁寧にベッドから遠ざけてある。
:ミカ「わたしも友達になりたいな」
アイバ「…ああ」
どこかのアパートのドアの前で、安物のヘッドフォンを着けているハツネ。肩のすぐわきにある表札には「戸寺」の文字。


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