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【漫画原作】シトラス・バイロケーション【第三話】

第三話

P.1

:コデラ「…これでよし、と」
ハツネの肩をポンとたたくコデラの大きな手。
:釣具とアクアリウムが詰め込まれたアパートの一室。姿見の前に置かれた椅子に、キャミソール姿のハツネが座っている。床にはほどいた三角巾。
:ハツネ「今度は外れないといいけど」
付けたばかりの腕を上げるハツネ。「ぎゅむっ」と鳴る関節。
コデラ「正規の部品に替えた。強度はダンチだ」
:ハツネ「ダンチって…オッサンじゃん」

P.2

:横を見るハツネ。釣り竿のバッグに呆れた顔。
ハツネ「週末は雨だっけ?」
コデラ「ああ アマゴを釣るにはうってつけだ」
:ハツネ「似てるなあ」
ハツネの頭をよぎる、釣り具をかついでバイクに乗る青年のイメージ。
微笑みながら少し遠い目になるハツネ。
:ハツネ「趣味の話、タチバナ先生にはしないでよ」
コデラ「うん?」
ハツネ「釣りにトラウマがあるからさ、わたしたち」
制服に袖を通すハツネ。まだ慣れておらず、右手を使わずにブレザーを羽織る。

P.3

:教室での授業と、鳴るチャイム。教壇には社会の教諭。
:アケミ「言うほど似てないよなー」
弁当を抱えて向かいの席で言うクラスメイト。
:ハツネ「え?」
ノートから顔を上げるハツネ。食べ方が汚いからと言って、彼女は他人には食事を見せないことにしている。
:アケミ「ハツネって、なんかマジメじゃんか」
:ハツネ「それ、褒めてないよ」
アケミ「そういう意味じゃなくて――」
タチバナ「こら!」

P.4

:タチバナ「そこ、ヒラナカくんの席でしょ」
タチバナの後ろで申し訳なさそうに弁当を持つ男子生徒。
:タチバナ「『マジメじゃない』先生が怒ってごめんね?」
青筋を立てて笑うタチバナ。たじたじのアケミ。
その様子を口を半開きにして見つめるハツネ。

:(場面転換)

P.5

:「はぁ」とため息をつくハツネ。手にはコーラの缶。
:アイバ「そういう顔、できたんだな」
隣でコーラを飲むアイバ。ハツネは自分の缶を気まずそうに見ている。
ハツネ「うん…」
:ハツネ「好きな人がいるんだ」
「ブーッ」とコーラを噴き出すアイバ。
:ハツネ「…憧れてる人。ごめん」
アイバ「あ、ああ…アイドルとか?」
:ハツネ「そんなにカッコいい相手じゃないんだけどね」
バッグに放り込まれるコーラ缶。

P.6

:歩き出すふたり。歩幅はアイバがハツネに合わせてやっている。
ハツネ「同じになりたい――なんて気持ち悪いかな」
ハツネ「それくらい、ずっと好きだった」
:アイバ「もしかしてタチバナ先生?」
:ハツネ「変かな? そっくりさんを目指すなんて」
アイバ「いや。でも…」
:アイバ「自分の人生を生きられないって、窮屈だからさ」
ぞっとするほど寂しい顔のアイバ。

P.7

:病院の待合室。ハツネと並んで座るアイバ。
アイバ「肝臓が止まっちゃったらしいんだ」
:神妙な顔でカバンを膝に乗せているハツネ。笑いかけるアイバ。
アイバ「おかげでここ3年、ずっと病室暮らし」
ハツネ「治る見込みは…」
アイバ「さあ わからない」

:病院のアナウンス「ご面会にいらっしゃいましたアイバ トシヤさん――」
:アイバ「妹が会いたがってる。付き合ってくれ」
ハツネ「う、うん」

P.8

:夕日に照らされるベッドの上で、読んでいたライトノベルから顔を上げるミカ。
ミカ「あ…」
:「ガラッ」と開く病室のドア。
ミカ「来てくれたんだ」
:ミカ「タチバナ ハツネさん」
無意識に右肩を押さえるハツネ。その隣で目をそらすアイバ。
:ミカ「最近の兄さん、あなたのお話ばっかりで」
「かたん」とベッドサイドテーブルに置かれる本。他に表紙が擦れた本が3冊ほど積んである。

P.9

:ミカ「なんか照れちゃうな こんなにカッコいい人だったなんて」
アイバ「ミカ 水、替えとくぞ!」
渋い顔でピッチャーからコップに水を注ぐアイバ。
:ハツネ「本、好きなの?」
ミカ「うん。面白いやつはね」
ハツネ「へえ オススメあるなら教えてよ」
:ミカ「うん、じつは…」
ハツネに笑顔で耳打ちするミカ。
:驚愕するハツネ。

P.10

:図書館にて、ライトノベルの棚に伸びるハツネの手。
:ハツネの横顔。耳打ちするミカを思い出す。
ミカ「兄さんね ぜんぶ諦めちゃったの――」
:ミカ「わたしじゃ拾い直せないから、お願い」
取り出したライトノベルに険しい顔を向けるハツネ。

P.11

:ハツネ「あんなこと言わせるなよ、妹にさ…」
本棚に向かうハツネの後ろ姿。少し肩が怒っている。
タチバナ「そういう本、読まないと思ってた」
:きょとんとした顔で振り向くハツネ。
ハツネ「へ?」
:O・ヘンリーの短編集をまとめて抱えて、棚に寄りかかるタチバナ。
タチバナ「ねえ ちょっと手伝ってよ、優等生さん」
:カリカリとノートの上を走るタチバナのシャーペン。
タチバナ「アイバくんの妹さんね――」

P.12

:ハツネ「知ってたの?」
タチバナ「生徒のことだもの」
書き足される"Hearts and Hands"の文字。次の授業で使う短編探し。
:ハツネ「わたしのことは何も知らないくせに」
短編集を手にタチバナをにらむハツネ。タチバナはつまらなそうにノートを手繰っている。
タチバナ「興味持ってほしかった?」
ハツネ「そういうのムカつくんだけど」
:ハツネ「ま 先生ってマジメだったじゃないですか」
タチバナ「やっぱり過去形なのね…」

P.13

:ハツネ「青春のうちにやりたかったことってあります?」
タチバナ「無回答で アイバくんを巻き込む気でしょ」
ハツネ「バレちゃった?」
してやったりと笑うハツネ。対するタチバナはジトッと目を上げる。
:タチバナ「彼、中学でサッカー部のエースだったの」
またシャーペンをカリカリとノートに走らせるタチバナ。

P.14

:タチバナ「だけど試合中に家で妹さんが倒れちゃってね…」
台所で倒れているミカ。ぜえぜえと開けた口から床に唾液が垂れている。
:ハツネ「今は?」
タチバナ「ぜんぶやめちゃったみたい」
:ハツネ「だからか…」
:タチバナ「首突っ込むのはやめなさいよ」

P.15

:タチバナ「昔のわたし、いつもお節介で失敗してたでしょ」
「トントン」とノートを揃えるタチバナ。ハツネが短編小説を差し出す。
ハツネ「でも、あのままじゃ不健全だよね」
:タチバナ「まるで自分が健康体みたいに言っちゃって」
タチバナの暗い目。下を見ている。
:ハツネ「昔のあなたは健全でしたよ」
ハツネの明るい目。まっすぐ正面を見据えている。

P.16

:タチバナ「ま 好きなようにやってみれば?」
席を立ち、去って行くタチバナ。
タチバナ「青春なんて誰でも一回きりなんだし」
:ハツネ「・・・」
取り残され、頬杖をつくハツネ。足元には突っ込んだラノベがはみ出た学生カバン。
:ハツネ「一回きり、か」
どろりとこぼれるように視線が横を向く。
:図書館の人混みのなか、寂しい背中で座るハツネ。
ハツネ「普通ってうらやましいな」

P.17

:コデラ「ええ、ハツネはしっかりやってますよ」
ネオンテトラの水槽の向こうで、ノートパソコン相手にビデオ通話するコデラ。首にタオルを巻き、仕事から帰ったばかりと分かる。
:コデラ「じゃあ今年いっぱいで試験は終わりですかね…」
コデラ「いえ、喜んでますよ もちろん」
しかめ面でパソコンの脇の資料を探るコデラ。
:コデラ「でも彼女って高校生しかやれないんでしょう?」

P.18

:「パラッ」と落ちるA4用紙。
コデラ「それって、」
:コデラ「本人は幸せなんですかね」
床に落ちた資料。「コンパニオンロボット実地試験報告書」の文字。
ハツネのボディのイラスト。胸と腹のカバーが取り外され、USBハブや冷却液循環パイプ、発声用空気ポンプとシリコン製の人工心臓があらわになっている。
型番として「AEx-T 10」(人工実存-ティーンエイジャー型 1号ゼロ番機の意)。
監督者の氏名欄に「戸寺勇武」の名前。

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