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【インタビュー】所有者の視点から見た文化財 vol.3 -国重要文化財および名勝 杉本家住宅(京都市) -後編-

京都、四条烏丸にたたずむ大規模京町家を守る公益財団法人 奈良屋記念杉本家保存会の杉本千代子さんと、杉本歌子さんへのインタビュー後編です!
前編はコチラ

一般公開されている施設として、今後、どのような価値をアピールしていきたいですか?

千代子さんー
杉本の血筋の者が守っている間は、今のような感じで進めるのだと思いますが、考えるべきはその後ですよね。

法人になっていますから、その時々の理事や評議員さんのお考えもあるでしょうけども、私個人としては、そのあり方に固執していません。

その時に一番良き方法が巡ってくることをありがたく受け入れます。


その時に、また不思議な力が湧いてきて、良くなっていくような気はしています。
自分が頭で考えて、動くよりも、偶然の巡り合わせを呼び込む不思議がこの家にはあります。

今までに巡り合った方々や冷泉貴実子さんとの関係も、この家が呼び込んだんだと思っています。

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(画面左:杉本千代子さん 画面右:杉本歌子さん)

歌子さんー
父秀太郎は2015年に亡くなりました。父は経営者ではなかったけれども、別な道を歩んだことで、今の文化財としての杉本家があります。

家としての生命力が、この杉本家という場の真髄だと理解したのですが、その生命力を、どう伝えていこうと思いますか?

歌子さんー
私たちの生活の場は、この杉本家住宅内にはありません。
とは言っても同じ敷地内の別棟に住んでいます。双方は庭を通って行き来できますので、例えば寝間着でうろうろもできます。


もし、表通りを隔てた別な場所に私たちの生活の場が移ったら、今の雰囲気は保てないだろうな、と思います。



杉本家住宅の中には、自分のお布団と机がないだけで、かつて住んでいた頃のように家の息吹は昔のままです。
また、そうであり続けられるように、常にこの家のことを想っています。



ただ、家の「生命力」を伝えることは、今後の課題だと思います。私たちが直接ご来訪の皆様にお話できることが良いのかもしれませんが、他の業務をおろそかにできないので、ボランティアさんにお願いすることも多くなってきました。


このように、沢山の人々の助けを借りることで新しい息吹が吹き込む良さを感じる一方で、そうした方々に任せきりにせずに、住んでいた者が語ることの大切さも実感しています。


お任せするにしても、私たち創業家の心が家から離れきらないように、たとえ心だけでも家の中をうろうろ歩いて確認するように、気を配る想いを持ち続けることで家はツヤを失わないと感じます。

お世話になっているボランティアの皆さんは、そのことをとても深く感じ取ってくださっていると思います。ですから、これからも家の生命力は伝わり続けると信じています。

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(杉本家住宅の座敷)

また、どうした時に生命力を強く感じるかと言いますと、掃除などをしながら正に「手当て」をしている時です。

きちんと応えてくれるのです。
柱や壁は別々な素材ですが、それらをまとめて一つの生命にする息吹きがあって、私とともに1秒1秒を更新していってくれている感じ、それが応えてくれる、と思える瞬間です。

文化財としては、地域との交流はどのように行われていますか?

千代子さんー
杉本家住宅は、祇園祭の際には伯牙山(はくがやま)を飾る場所になっています。お町内の人は、お祭りに関わる行事のために、ここへ集まります。

歌子さんー
祇園祭の時は、お店だったスペースまで町内の方々は入ってこられます。

千代子さんー
せやけど、それは近年になってからです。

かつて矢田町のお町内で所有していた「町家」(ちょういえ)には蔵もあったのですが、それがなくなってから円山公園内に収蔵庫ができるまでの間、つまり私が嫁いだ頃は、杉本家住宅の一番奥のどんつきの蔵に、伯牙山の懸想品なども全部預かっていた時期がありました。

ですから、かつては町内の方が準備のために奥までずっと入っていかはりました。

歌子さんー
山を仕舞うときもです。
梅雨明けの炎天下で行列をすることが多い山鉾巡行から戻った伯牙山の懸想品は、直ぐに座敷に広げて熱を冷ますことが大事ですから、そういったときは、お町内の方々は座敷へも入ってこられます。

文化財となっても、それは変わりません。

いつも決まった日に、準備をするのですか?

千代子さんー
そうです、山建てをなさる大工さんもいつも同じです。
毎年同じことを、相変わらずできる、ということに意味があるのです。

歌子さんー
祇園祭の時の杉本家住宅は、文化財というだけでなく、いわば町家の役割も担いますのでお町内の方々の出入りもありますが、それによって困ることはありません。



でも昨今は、文化財を守っていく上で心配しているのは、世の中全体の節度という共有認識がはっきりしなくなっていることです。
文化圏の異なる地域からのご来訪もありますから。


昔は、文化的背景を共にして暗黙の了解が通じる人同士の交流が主であったのですが、公開文化財となっては、そんなことは言えません。勝手に家へ上がって部屋に入る来訪者もあったりします。
きっと、公開文化財として、いつでも開けていると思い込んでおられることも原因かもしれません。

また、閉まっている引き戸を勝手に開ける、とか。

こうしたことが起きると、守っている方としては心配から何かしらの注意書きの札を書くことになってしまいます。あれが厄介です。

近頃は、口頭で注意をしますと「そんなこと、どこにも注意書きしてなかった」とおっしゃいますので。

でも、張り紙はできるだけしたくないですね。


また、よくあるのは自ら開けた戸口をきちんと締めて下さらないことが多いですね。
入ったら、開けっぱなし、、、。これもちょっと、困りますけど、、、。


千代子さんー
一般公開の時は、そういうことが多いです。文化財やし、かえって触ったらいかんのんとちゃうか、という気持ちもあるのでしょうし。個別のお客さんでは、そういうことはないですけどもね。

歌子さんー
私の幼い頃は、開けっ放しはいけないと躾けられたもんでした。
「開けたら閉める。」
これは、全てのことに言えることと思います。
始めと終わり。つまり始末のことです。生活の中で、そういうことはどなたも教わるかと思います。

普段の生活のなかでは、お部屋の襖や障子はきちんと閉まっているものですが、公開している時は、全部のお部屋の襖などを開けっ放しにせざるを得ません。
そうすると、お部屋としての佇まいをご覧いただけなくなる。
それが残念です。


少人数でご案内する時は、できるだけ襖を全部締めて部屋としての佇まいをお見せするようにしているんです。
すると、本来の部屋の佇まいや雰囲気が良く伝わるのです。

公開するとなると、なかなか見せ方のバランスを取るのが難しいことが多いですね。


千代子さんー
戸の開け閉め一つ取りましても、ボランティアさんだと、ボランティアさんとしての節度があるので、勝手に閉めたり開けたりすることをご遠慮なさいますから、そういうことが難しくなる。


だから、お任せする時には、庭に面した部屋などの場合には「この障子は開けてもいいですよ」とお伝えするようにしています。
そうすれば、お客様にしっかりお庭を見せてくださいますし、見終わったら丁寧にまた閉めてくださいます。

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(座敷から望める杉本家庭園の様子)

触っちゃいけない守らなきゃ、という面と、使わないと意味がわからない、という面のせめぎ合いですね。文化財の活用の根幹に触れるエピソードです。

歌子さんー
そうですね。もどかしく、歯痒いところですね。
家の案内には、その空間に慣れた人間がいっぱいいなきゃいけない、ですね。
そして、道具については使った良さや扱いを心得ている人材が要りますね。

千代子さんー
ボランティアさんは、私ら家の人間だとつい省いてしまいがちな歴史的な点も、きっちりと説明してくださるので、それは別な価値になっているとも思います。

歌子さんー
昔の暮らしを今に伝える文化財としての杉本家住宅ではありますが、多くの来場者を見越した時の部屋の室礼の仕方は、工夫が必要になります。

たとえば、ひな祭りの時は、公開のための飾り方と、来訪者の導線を考え、そしてボランティアさんや部屋の監視をお願いする方々の死角がないように設える必要があります。
それは家の者だけで飾って楽しんでいた頃と同じでは対応しきれません。


源氏枠御殿飾り

(桃の節句の源氏枠御殿飾り)

展示という感覚に近いのでしょうか。

歌子さんー
ところが、こうした公開の仕方が展示となってしまうと、趣が損なわれてしまいます。そこが難しいところです。むしろ、展示にならないように、と心掛けています。


ほかには、家の中をできるだけ時間をかけて歩いていただけるように工夫をして、すこしでもご滞在時間を長く楽しんでいただけるよう気を配っています。

滞在時間の長さは、季節と共に移ろい、時間とともに変化する部屋の空気感を感じていただけることにつながりますから。

夏の特別公開で個人的にお邪魔した時に、確かに同じお部屋を何回も通りました。それが、ここでの生活を想像させ、良い意味で記憶に残りました。
では、文化財を活用する上で、一番気をつけていることは何ですか?

歌子さんー

その一つは、生活の場としての京町家の空間や佇まいの特徴を損なわないように活かすことです。

もうひとつ大事にしていることは、レプリカを見せないことです。


たとえば、当方は7月の祇園祭の時に屏風を公開するのですが、この時期は天候が悪い日が多いです。夕立がきたり近年ではゲリラ豪雨なんてこともあります。
ご覧のとおり、当家には空調設備が整っていません。庭に向けてあけっぴろげの座敷に屏風を広げることになります。

屏風祭り風景

(祇園祭の際に室内に屏風を飾る「屏風祭」のしつらえとなった座敷)

本来なら、雨天の日は屏風を広げるなんてことはしないのですが、予め公開を告知する手前、俵屋宗達の秋草図屏風だって広げてご披露しないわけにはいかないです。

さすがに宗達に限っては、今後はせめて公開日を1日に限定するとか、なんらかの工夫は必要と考えていますが。
レプリカをお見せすることはしたくないです。

この家は、陰影が深い場所が多いですね。その中では、インクのものは埋もれてしまいます。手書きのものは、独自の深みがあって、この陰影に負けません。

失われていく儚いものだけが持ちうる力を、その屏風と一緒に時間を更新しながら今を生きている者が、それを見届けないで、どうするんだろう!と思うんです。



もちろん、記録のために精緻なデジタルデータにしていくことは必要だと思っています。

文化財を未来に残そうと考えるとき、その活用の仕方の根底には、時の経過にあらがえなく脆弱な本物の感動を体感してもらうことが大切だと考えています。


感動したことは、人は誰かに話したくなるものでしょう。


その伝播してゆく人の力が保存には絶対に必要なのです。
本物に接した感動は、何にも勝るものはないと信じています。
その感動を一人でも多くの方々とともにでき、未来へと繋いでいきたいと思います。


年間でどれぐらいの入場者がありますか?

歌子さんー

通常は5,000名前後です。
新型コロナウィルス感染拡大以降は、なんとその2%にも届かないくらいです。
2021年10月から1枠5名まで、11月から10名までに限定して公開していましたが、以前のようにはいきません。

今後の入場者数の目標はありますか?

歌子さんー
当財団の運営は、維持会員の方々から納めていただく年会費を主軸とすることを目標としていますが、やはり、公開収入に頼らざる得ないのが実情です。
せめて5000名は超え続けたいですが、1万人を超える公開収入が見込めると維持管理が随分と助かります。

そのためにも、通りに面した店の間のにぎわいは欲しいと思っています。

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(店の間の様子)

また、この家の中では、休憩できるとことがありませんので、来場者の方はちょっと緊張したまま帰っていかれるんです。
その緊張をほぐせる空間が、この杉本家にあればいいのにな、と思っています。



ただ、はじめてこの家を訪れた人が眺める座敷の中には、お茶を飲んだりして休憩している人の姿はない方がいいな、と思っています。

以前にお台所で簡易のお茶飲みどころのようなことをやったこともありますが、なかなか大変でした。
設備も人材も必要なことですから。 それに、この家はそもそも住居ですから、元から喫茶室に向く部屋がないのです。


棟の異なった空間で休憩どころを設けることができれば一番いいのですが、それも実現するにはなかなか大変で、、、。


100年後、杉本家がどうなっていたら良いと思いますか?

千代子さんー
私は計画を考えないタイプなんです。
ただ、望みとしては、その時代ごとの人々が大事に扱ってくださるのを遠くから眺めたいなと思います。

義母が掃除をきちっとしていた後ろ姿が自然と見えるような、空気があるといいなと、個人的には思います。

歌子さんー
ここは周りが風致地区ではないので、ホテルやオフィスビルがどんどん建っています。100年後になったら、本当にビルの谷間底に沈むようにひっそりとあるような場所になるかもしれないと思います。


座敷からホテルの窓しか見えないようなことにもなります。


でも、市内中心に商家であった文化財が残るのですから、市も商業面だけを重視するのではなく、ある程度のバッファゾーンを設けることも大事なことではないかと思います。

提灯外観西から東

また、この財団運営の次を任せられるような人材に恵まれたいですね。


この杉本家住宅は、有形の建物だけ守っていれば良いのではなく、そこで息づく無形の文化があってこそ意義ある文化財として受け継がれます。

有形を下支えする無形文化である様々な行事を行うのは人ですけれども、その行事の継続に不可欠な道具などが蔵にありますから、それらの管理も含めて、ハード面もソフト面もうまく受け継いでくれる人材の育成をどうしていくのかが課題です。



杉本流でなくても、いずれにせよ将来のどの時代でも、生きた人間がこの家に携わるわけですから、その人流の新しい息吹がこの家についていってもいいんだな、と思っています。

とにかく生命力を残している文化財であり続けて欲しいです。
そのために、今できることを考えているところです。

私も、文化財施設の運営に携わる人材は、欠乏していると感じます。ヨーロッパなどではそのための学校を作っていますが、日本でもそのような組織的な対策は今以上に必要だと考えています。

歌子さんー
そうですね。それはとても大事なことだと思います。
次世代へ文化財を繋げるためにも、しっかりとした運営は欠かせないですね。その運営を通じて文化財への理解も深まりますし、組織立った維持保存のあり方を構築することは待ったなしのところに来ていると思います。

また、運営面だけでなく、文化財を修理修復する技術の継承に文化財そのものが役立つことは、ひとつの社会貢献にもなりますし。

また、何より地域の人々にとって貢献できることも大事な役割だと考えています。
もちろん、維持保存に務めて有形無形の文化を公開することは、最も大事な貢献の一つですが、当財団の運営の中でも維持管理費や修理費の一部には、国の税金が使われます。
そうした意味でも、何かもうひとつ、世の中にお返しできることを「見える化」できればいいなと考えています。

これは私個人の願いですが、いつか井戸の再掘削をしたいと思っています。

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敷地内に遺構が4つぐらい残っているんですが、四条通りの地下に電車が通った時に枯れてしまいました。
願いが叶うならば、表通りに一番近いところに残っている1つを再掘削して、いつでも美味しい井戸水が飲める場所にしたいのです。

平常時にはもちろんのこと、もし、万が一、地震や何か大変なことが起こった時にも、地域の方々に「杉本さんとこいったら、水がある!」と思ってもらえるような、人々の心の拠り所となるような文化財にできたらいいなと思っています。

そうやって還元してみたい、そんな夢を抱いています。

千代子さんー
この並びの散髪屋さんは、井戸の水がまだ出ているので、掘れば出ると思います。

最近知ったのですが、地球上で最も不足している資源のひとつは淡水だそうです。ですので、すごく興味深いお話です。

歌子さんー
へー!
じゃ、よりいっそう夢を実現させたくなりました!!

公開していてよかったなと思うときはいつですか?

千代子さんー
住んでいる自分たちが経験できないような、はじめて見る人特有の「へー!」という感じを持っていただけたときです。
暗さに驚くとか、お軸やお花など、日々の生活ではみられない空間に驚きを感じていただくときです。

歌子さんー
家の解説が聞けたことを喜んでいただけたときも、そうです。

文化財として管理していく上で、一番大変なことは何ですか?

歌子さんー
やはり「火の用心」には最も気を遣います。
蚊取り線香も電気のものを使うようにしています。火の元、電化製品、火事の用心には常に気を張り詰めています。


また、家の状態を気遣うことでしょうか。

地震を感じるようなことがあると、壁にヒビが入っていないだろうか、蔵の中の道具類は棚から落ちたりしていないだろうか、と自分の一部が気配となって家の中を駆け巡って見回るような感じです。

真っ先に頭に浮かぶのは家の状態です。
老朽化した家の維持管理に、休みはないですね。

新型コロナによる情勢の変化を経たうえでの、今後の新たな展開は想定されていますか?

歌子さんー

コロナによって生じた新しい取り組みとしては、一般公開の範囲では感じていただけない時間帯のよさなどを、SNSやオンラインで伝えていけるチャンスはあると思っています。

また、2020年11月から米蔵を学校法人京都女子学園さんが「KOMEGLA」キャンパスとして使用してくださることになりました。
若い学生さんが文化財に触れる機会ができることは大変嬉しくありがたいことだと考えています。

卒業者の中には父にフランス語を習ったと懐かしげに話してくださる方もおられますし、杉本家住宅へ関心をむけてくださる機会が増えることは文化財の活用の面でも、維持運営の面でも期待しています。

そして、2021年度から2年間の予定で大屋根葺替え修理工事が始まります。

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(築150年を経て傷んだ大屋根の様子:2020年)

これは総工費約2億円を予定しています。国庫補助を受けることができてもなお、当財団の自己負担額は約4,000万円となる見込みです。これをご寄付を募りながら調達しなければなりません。

ぜひ、多くの皆様からご支援いただきたく、お願い申し上げます。

千代子さんー
お天気がいい日は、太陽の光が遊び心のように、2時間ぐらい畳の上を動いていきます。

それはその日や季節の条件で、限られた時間にしか見られません。

そういうものをお伝えしたいです。

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大変実感のこもったお話を、ありがとうございました!
今後の文化財の保存と活用に、私どもも活かしてまいりたいと思います。


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