見出し画像

2022年の振り返り Part1 日本からメキシコへ

もうすでに年明けてから2ヶ月ぐらい経っていて、今更なんやって感じやけど、ちゃんと去年のことを振り返っておこうと思って、自分とそしてケータイの中に入ってる写真たちを整理しながら、自分の人生振り返ってみた。

2022年っていうのは2021年から始めた自然療法系の勉強とか、人を治して自分も治すことっていう旅の続きのチャプターみたいなものだった。

2021年なしでは語れそうにないから、ここから振り返ってみる。

2021から2022年の大まかな流れ

2021年前半
オーストラリアでナチュロパシー留学を夢見て日本からオンライン授業を受け続けたが、コロナで1年間待っても国境が開かずに挫折。1年+3年のカリキュラムのところを1年だけやって卒業。健康科学部のディプロマをゲット。(学位ではないので診療はできない。)

2021年9月から翌年4月
メキシコでデジタルノマドとして生活しながら、メキシコの薬草について体をはって学ぶ。9、10月はメキシコ国内を草を求めて放浪し、11月からはメキシコ内でも先住民の伝統が色濃く残るチアパス州のサンクリストバル・デ・ラス・カサスに住む。

ジャングルの中で魔女と生活し、治安のすこぶる悪いメキシコシティの世界最大級の薬草市場に潜入し、他の世界に連れていってくれるようなサイケな植物に向こうの世界を見せてもらった。
映画の世界やんっていうレベルの金持ちの家のパーティに誘われたり(そこに古着屋で買った300円のドレスで参加した)、メキシコ最貧困のエリアのチアパス州に住むことで社会のいろんな側面を見た。
自分の頭にあった既成概念がぐちゃぐちゃに折り曲げられて、無理やり新しく形成された。もう何があっても驚かなくなった。

2022年5月から カナダのビクトリアにあるパシフィック・リム大学のフィトセラピー学部(薬草学部)に編入学。自分の耐えれる北限がメキシコだと思ってたのに、寒い国へ行くことは予想外。これについては後半編で詳しく書いていきたいなあと。

とりあえず、自分の中では「自然のもので人を治し、自分も治す」っていう目標があってそれに向かっていっているわけで、予想外に国境を超えまくってしまったけど、その軸からはズレてなかったということに安心。

ここまでが大まかな流れで、次がメキシコで実際私が何をしていたか。

2022年前半メキシコでの生活

年明け  消化器系の大切さ

メキシコで肉にあたり、寄生虫に腹をやられてベットで寝てた記憶しかない。2016年まつも同じような理由でメキシコで苦しんでた。メキシコにいると年末年始はこういう運命らしい。
年明けから結局3月末ぐらいまで、結構ひどめの下痢が止まらず、何を食べたら症状が改善されるのか、どういった生活を送れば自分が治るのか考えすぎて分からなくなる。消化器系ってQOLのために大事なんやなーとさとる。

1-2月 何も覚えていない

この期間は体調が悪すぎてほとんど覚えてない
その中でも衝撃が強くて覚えているのは
自分の体調を守るためにグルテンフリー生活を始めて、この世界のうまい食べ物は小麦製品が支配していているということに気づいたこと
そして毎週森に入っていたら、自分と自然とのつながりがより一層深まったぐらい?
メインの市場で政治団体と政府軍が争って発砲事件あったのもこの辺りだったはず。

3月 コスタリカ逃亡、そしてサイケな植物

メキシコ観光ビザの更新のために一時出国するためにコスタリカへ。
(日本人はメキシコへ行くと6ヶ月の観光ビザがもらえて、一度国外へ出るとまた6ヶ月更新される。)
「世界の絶景」的な本で見て高校時代からいってみたかった庭に行くことができた。もっとテーマパークみたいなのをイメージしていったら、街の繁華街にボーンってあって、そのシュールさにもかなり萌えた。夢って忘れてる頃に叶うんやなー

コスタリカでは、The バックパッカー旅みたいな事件が発生して、それが人の暖かさに気づかせてくれたりもした。

コスタリカ後、メキシコに帰国

うん。ここら辺からかなり自分のことを俯瞰してみると怪しくなってくる。シャーマンが行う儀式とかサイケな植物との関わりが深くなってくる。

アヤワスカを飲んだ。
今までの人生でこれまでにないくらい吐いた。肉にあたった初日も吐いたけど、それ以上に出た。普通の嘔吐と比べものにならないくらい、お腹の深い深いところからえぐられるように生暖かい液体が出てくる。自分の感情の黒い部分とかも全部吐き出す。体のクレンジング完了。

その後は、
世界ってこんなにも美しいんだなと気付き号泣。
自分の前世の中の一人が目の前にいて、そいつと話す。
世界の中心?である?大きな土星みたいな球体を見る。
パチャママ(母なる大地)と遊ぶ。

多分言葉で説明しても説明しきれないし、分かってもらえないかもしれないけど、今の自分の形成の中でかなり大きな影響を与えてくれたんだなと思ってる。
ちなみにこの儀式を行なってくれたシャーマンは元ミュージシャンの人。一晩中音楽を欠かすことなく歌い続けてくれたのには感動した。

他にも、
テマスカルというメキシコ版サウナの儀式に参加
春分の日に8時間車を運転してパレンケというピラミッドへ瞑想しに行く
Spagyricsと呼ばれる錬金術師たちとのミーティングに参加

とかとか、この社会で怪しいと思われているような世界への入門を楽しんだ。

儀式、ピラミッド、錬金術とか、ここら辺からこの記事読んでる人ついて来れなくなってきてるのではと心配してる。

4月 メキシコ出国

5ヶ月ぐらい住んだサンクリストバルとおさらば。
その前にメキシコのハーブについて知識を吸収してやろうと思い、魔女の師匠に頼み込み、マヤ民族のハーブについてマンツーマンで教えてもらったり、
友達と中国茶のお茶会イベントの開催したり、
友達だったアメリカ人と大喧嘩して英語力鍛えられたり、
色んなことがあったけど、自分が5年前から住んでみたいと思っていた街で暮らせたことは本当に運がよかったと思う。

こうやって幸せな気分で、よっしゃ次の人生のチャプターやって思っていたら、出国日。空港にて。
マリファナのドラックディーラーと疑われて、空港で軍隊に薬草没収。
空港の別室に連れて行かれ、大の大人15人ぐらいに囲まれ、警察犬2匹に自分の荷物に入っているもの全ての匂いを嗅がれる。
そして、マリファナなんか持ってもいないのに、そして警察犬も反応を示していないのに、自分がメキシコで集めたハーブの一部没収。

泣いた。

メキシコってこうやって幸せな部分見せつつも、最後に爆弾落としてくるような節あると思う。そして絶対戻らんはこんな国って思って去っていくんだけど、何年か他の国にいると磁石のようにまた引き戻される。おそらく何年後かには、なんやかんや言いながらも戻っていくんやろうなと感じている自分が怖い。

はい。これが私の2021年前半でした。
まだ半年分も経ってないけど、分量いっぱいあって長かった。

後半編はカナダ生活について書いています。こっちの記事は私が草と戯れて遊んでるところがメインで、薬草魔女修行について深堀りしていこうと思っています。お時間ある方はぜひ読んでくださいね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?