まちへ

2018年6月

今年から日記をつけてみることにしました。 ぼちぼちと。書かない日もあると思うけど。

6日

一昨日の日記に富士の湯さんのご主人は亡くなっていたらしいと書いたら、昨日、おじさん存命だとわかった。

お元気でよかった。

入口隣にある呉服店さんから聞いた話では
玄関が開いていればご在宅。けれども
新聞の集金の人が嫌がるくらいの、いわゆるごみ屋敷で、
昼間からお酒を飲んで赤い顔をしているそうだ。

一昨日銭湯2階の玄関までは行ったので、
外階段の荒れ具合はわかるけど、酔っぱらっていたら
話ができるかな?

まあ、午前中だし……とにかく行ってみよう。

玄関ドア、開いてる。
2、3度声を掛けたら、中から返事があり、
部屋のガラス戸を少し開けて顔をのぞかせた。

自分の名前を言い、
「3年前に地域デザイン研究所の若い人といっしょに伺ったものです。
今度は別の人が銭湯を見せてほしいといっているのですが」
と言うと
おじさん、私の顔は覚えてないようだったけれど
3年前のことはしっかりと記憶していた。

「好きなようにしていいよと言ったら、何回か来て
何かやってたけど、おれはなにをやるのかもわかんないし、
そのうちトイレを直さないとって言ったまんま
それっきり、いつの間にか来なくなっちゃって、
そのまんま、何も言ってこない。
今までだって、日工大の学生だの、
みんな銭湯の中見せてくれって言って来て、
いいよってみせてやったけど、みんなそのまんま。
おれは見せてやるのはいいんだけど、もう、面倒なんだよ」

おじさんは怒っていた。怒るのはよくわかるので
謝った。

自分が間に入ったのはここだけではない。
銭湯の空間で日本酒を飲もうというイベントを企画するから
春日部の桐材でカフェ風のテーブルを作りたい。
桐材店を紹介してくれないかと言われ、
近所の桐材店に話を持って行った。
日本酒のことを聞かれ、
隣町の老舗でありながら20代の社長が新しい試みをしている
知り合いの酒蔵さんに話を持って行った。

その後どうしたのかも聞かされず、活動が止まっていた。
間に入った私も話を持って行かれた先も放置されたのだった。
私も、経過や今後の展開については聞きたかった。

ひとまずおじさんの安否を確認したので、
中を見たいと言っていた整体師さんに連絡し
午後、行ってみた。
玄関は開いていて、そこから猫が飛び出してきた。

整体師さんを紹介すると、またおじさんは同じことを言った。
また謝った。
その言葉の中に見るのはいいけどというのがあったので
「シャッター開けて見ていいですか?見たらまたごあいさつに来ます」
というと、

「シャッター閉めると音でわかるから、もう上がってこなくていい!」

左右に銭湯の下足入れがあって、正面にこの傘入れがある。
下足入れより少し扉の小さな、鍵のかかる差し込み式の傘入れ。
鍵のかかる傘立てはよく見たけど、
これは他のどこでも見たことはなかった。
この傘入れに再会しただけでもうれしかった。

番台。おばあちゃんが座っていた。暗算が得意で、釣銭の計算は間違えない。暗くなると傘を持って背後上の照明のスイッチを入れる。

お風呂場は高い窓から日が入って明るかった。
もう煙突も壊してしまって、お風呂を沸かすことはできないけど
この空間を何かに活用できたらいい……とは思うけれども
整体師さんも、中を見てすぐにはイメージがわかないようだった。

一通り見て、写真や動画を撮った整体師さんは
「あ、名刺を渡しておくんだった。でも上がってこなくていいって……」

「それでも、もいっかい挨拶して帰ろうよ」
そういってまた2階に上がって声をかけると、すぐに返事があった。
今度は顔が少し赤くなっている。
お酒を飲んで、テンションがあがったのか、
3年前の怒りがヒートアップしたようで、
しかも、若い整体師さんを以前の団体の人と勘違いして
怒り始めたので、
「この人は別の人ですよ」
「え?別の人?あんたそんなこと言わなかったじゃない!」
「さっきお伝えしたと思ったのですが、すみません」

整体師さんは自分の名刺を出して
謙虚な感じで見学に来た理由を話した。
若い女性でもあったし、おじさんの表情は少し和らいだ。
「おれは貸してお金をもらおうとか、そんなことは考えてないんだ。
町のためとか、誰かのためになるんだったら、使ってもらっていいんだ」

整体師さん
「よかったらご主人のお名前を教えてください」
「おれ?おれの名前は……質・実・剛・健」

地元の県立の男子校から明大に進学したそうだ。
中学、高校と野球部だったらしい。

肌着シャツとトランクス姿で昼間から飲んでる77才の赤い顔は
質実剛健とは見えないけれど、
心の中には常にそのプライドがあるのだ。
そのプライドは変わらなくても、このままなら
体や建物は衰えていくばかりだ。

活かせば街の財産。けれどもだれのものだろう。
いろいろと考えさせられた。


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