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かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【連載終了】

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『かすかべ思春期食堂~女剣士ミズキの旅~』の続編です。 ハルの下宿の住人、みちるとありさ、姉妹の現実のお話とハルの過去がからみます。
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かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~目次

【Page1】一、ありさの家出 ① 【Page2】一、ありさの家出 ② 【Page3】一、ありさの家出 ③ 【Page4】一、ありさの家出 ④ 【Page5】一、ありさの家出 ⑤ 【Page6】一、ありさの家出 ⑥ 【Page7】二、ハルと学校 ① 【Page8】二、ハルと学校 ② 【Page9】二、ハルと学校 ③ 【Page10】二、ハルと学校 ④ 【Page11】二、ハルと学校 ⑤ 【Page12】二、ハルと学校 ⑥ 【Page13】三、奥多摩で 

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page1】

目次へ 一、ありさの家出 ① 「やっぱりこの薪能の会場で食べる豚汁は最高だね、ミズキちゃん」  薪能が終わり、神社の境内の座席から立ちあがり、帰ろうとする人たちのざわめきの中で、まだその場をいとおしむように座ったまま、自分とミズキの豚汁の容器を持参したビニール袋に入れ、バッグにしまいながらハルは話しかけました。 「業者が作った均一な味じゃなくて、神社関係者の女たちが集まって、野菜を切る人、煮る人、味をみる人、あれこれおしゃべりしながら。ネギ一つに

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page2】

       前ページへ    目次へ 一、ありさの家出 ② 「ハルさん、お帰りなさい。あら、ミズキちゃん、いらっしゃい!元気そうね」  恵美が迎えに出たリビングには土曜ということもあって、小学生の裕太や遅い食事を終えた住人など数人が残っていました。 「みちるちゃん、ずっと部屋にこもってます」と恵美はハルに耳打ちしました。 「あ!ミズキちゃん、ねえゲームしよーよ」と裕太が駆け寄りミズキの手を取り、中に引き入れます。 「だーめ、寝る時間!」と恵美に言われ、 「いいじ

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page3】

    前ページへ    目次へ 一、ありさの家出 ③  5時間ほど前、ありさは帰宅したみちるに高校を辞めたいと言いだし、喧嘩になっていました。  理由を言ってもその程度は我慢しろと言われ、中退すればいいことはないと、先輩ぶった話を聞かされ、就活がうまくいかないと不機嫌になるから、なるべく邪魔しないように気を遣い、静かにしていたのに。それなのに進路の希望も聞いてはくれず、なにかにつけて私のすることを否定する……そんな思いが噴き出して思わず 「いいよもう!あたしはあたし

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page4】

    前ページへ    目次へ 一、ありさの家出 ④  普段なら、知らない男の車に乗るなど、危険極まりないことはありさだって承知なのでしたが、このときは早くこの場から離れることが先決でした。それだけでなく、姉、家、学校という足場を自らはずしてしまって、かすかな頼りの叔父もあてにならず、宙に浮かんだ自分が堕ちていきそうなところをぐっと腕をつかまれ、ひっぱりあげられた。そんな感覚も確かにあったようなのです。  車はやがて高速に上がっていきました。ありさはハアハアしていた息

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page5】

      前ページへ   目次へ 一、ありさの家出 ⑤  コンコン!    恵美が、ハルと話しているみちるの部屋のドアを開けながら 「ミズキちゃん、今、ありさちゃんと繋がったみたいですよ!」  リビングに出ると、そこにはまだ残っている住人と、奥のキッチンで向こうを向いて立ってケータイを耳に当てているミズキがいました。 「ありささん、大丈夫ですか?今、どこですか?」 「……ううう……わからない……山のほう……それと川……真っ暗でこわい……いたい、足が……」 「あ

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page6】

    前ページへ    目次へ  一、ありさの家出 ⑥  ミズキの両親に発見された時のありさは聚徳院というお寺の裏手の多摩川べりにうずくまっていたのでした。  懐中電灯に照らされ、ドキッとして顔を上げ逃げようとしたものの、足が痛みへたりこんだところを 「ありさちゃん?大丈夫?ミズキの父です」 「怪我?今診てあげる。どれ」  陽子も毛布を持ってかけつけ、ありさを包みました。 「捻挫だね。湿布をすれば2~3日で痛みはとれるよ。家で手当てをするよ。さあ行こう。立てる

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page7】

    前ページへ    目次へ 二、ハルと学校 ①  その朝ミズキは急いで青梅の家に戻りました。  ありさと再会すると、無事な様子にほっとする一方で、ありさにはもう少し時間をかけてここで心を回復してほしいと感じ、両親に相談すると、昨晩のありさの様子を目のあたりにした二人もミズキと同じことを思っていたのでした。 「ありさちゃん、足のけがの容態も経過を見ないといけないから、しばらくうちに泊まってくれないか?」とミズキの父。 「え?いいんですか?でも迷惑じゃ……」 「

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page8】

  前ページへ    目次へ 二、ハルと学校 ②  校舎の廊下に下校する生徒や部活に向かうジャージ姿の生徒の声がにぎやかに聞こえてくる中、ようやく受付に男性教師らしい人が姿を現しました。  この人がありさの担任なのかな?と会釈をするハルに 「ご苦労様です。教務担当の石川です。1年D組の藤崎ありささん、本日欠席ですね。今日は退学されたいというご相談ですか?」 (もう……ちゃんと伝わってない!)  ハルはいらだちを極力抑えなくてはと思い、ゆっくりと言葉を選

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page9】

     前ページへ   目次へ 二、ハルと学校 ③ (ああ、また自己紹介からしなくちゃいけないのか……)  ハルは学年主任の豊田に会釈してから 「あの、私は……」と言いかけたとき 「すみません、今日のお話は録音させてもらっていいですか?」  豊田はボイスレコーダーをテーブルに置きました。 「本来は二人以上でお話を聞くのが決まりなのですが、今日はあいにく皆部活や出張に出払っていて、担任もいないことですし、行き違いや間違いがあってはいけないので。まずお名前からお話

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page10】

前ページへ   目次へ 二、ハルと学校 ④  ハルが学校を出ると、部活を終えて下校する生徒たちがニ、三人ずつ連れ立ってしゃべりながら歩いていました。日暮れの早い晩秋、自転車もライトをつけてハルの横を通り過ぎていきます。ヒュ~ッと冷たい風が校庭わきの樹木の葉をかさかさ鳴らし、ハルの首を撫でていったとき、ハルは目が覚めたような気がしました。 「いけない、こんな時間になっちゃった。夕飯の支度してないのに」  それからは急いで帰ることしか考えられませんでした。

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page11】

    前ページへ    目次へ 二、ハルと学校 ⑤ 「あら、いらっしゃい、須藤さん。みちるちゃんの就職先のお世話をいただいたそうで、ありがとうございます。さ、上がってください。そうだ、須藤さん、夕飯は?おむすびでよかったらありますけど」 「ありがとうございます。でも、すましてきましたから」 「じゃあ、リビングでお茶でも。みちるちゃんといっしょに」 「あの、玉置さん、みちるとありさが本当にお世話になっています」と頭を下げる須藤に 「あら、お世話だなんてとんでもない

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page12】

   前ページへ    目次へ 二、ハルと学校 ⑥  須藤を玄関で見送ったハルは、涙をぬぐって赤い目をしたみちるの肩に手を置いて言いました。 「ちゃんと見ていてくれる人がいるって、ありがたいね」  みちるは、また泣き出しそうになりながらうんうんとうなずきました。 「面接がすんだらいっしょに奥多摩のありさに会いに行こうか?それまではね、ミズキちゃんのご両親にお任せしようよ。なあに、一週間や二週間休んだってどうってことないよ。うちには何年も休んだつわものがいるんだから。

かすかべ思春期食堂~おむすびの隠し味~【Page13】

    前ページへ    目次へ 三、奥多摩で ①  その日の朝、青梅のミズキの家の食卓で 「あの、お母さん、今日私、学校休みます。お父さんもお母さんも仕事で忙しいでしょ?ありささん、一人になっちゃうから……」そう言うミズキにありさが慌てて片手を振りながら 「ミズキちゃん、あたしは大丈夫だから。ほんと、ほんと。学校行って!」  陽子は 「今、インフルエンザの予防接種でたくさん来るから、ここに一緒にいてあげられないけど、お昼は一緒に食べられるし、診療所は目の前だし、