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感傷歌の効用—映画『トーチソング・トリロジー(Torch Song Trilogy)』

『トーチソング・トリロジー』は、ハーヴェイ・ファイアスタイン原作・主演による舞台劇。198年にブロードウェイで上演されたのち、1988年にファイアスタイン主演で映画化された。

トーチソング(torch song)とは、片恋や失恋の哀しみをうたった感傷的な歌のこと。誰かのために愛の松明を運ぶというイディオムto carry a torch (for someone)から来ている。蛇足だが、ビリー・ホリディも「Music for Torching」というトーチソングアルバムを出している。タイトル通り、原作中でもトーチソングがしばしば印象的に使われているし、作者ファイアスタインによって、劇中歌の選び方も指定されている。

本作は、「インターナショナル・スタッド(世界的種馬)」「子ども部屋のフーガ」「未亡人と子供、最優先」の3章に分かれている。舞台劇は、当初各章毎に開演されていたことからトリロジーと名付けられたのだろう。

1978年2月2日「インターナショナル・スタッド」初演
1979年2月1日「子ども部屋のフーガ」初演
1979年10月25日「未亡人と子供、最優先」初演
1981年10月16日「トーチソング・トリロジー」初演

ハーヴェイ・ファイアスティーン著、青井陽治訳『トーチソング・トリロジー』(1987年、劇書房)p2

舞台は見たことがないが、この映画はマイベストに入る大好きな映画だ。

主人公のアーノルド(ハーヴェイ・ファイアスタイン)は、ニューヨークのゲイ・バー「インターナショナル・スタッド」で歌うシンガー。息子がゲイであることを認められない母親(アン・バンクロフト)とは対立している。
アーノルドの恋の相手との関係、後に養子を迎えることになるパートナーとの関係、母との確執が本作では描かれている。

終盤、パートナーであるアランを失ったアーノルド(ハーヴェイ・ファイアスタイン)と、長年対立してきた母親(アン・バンクロフト)との対話は、長年私自身の心のお守りとなっていた。

Arnold: They are anyway, i's easy to love, somebody who is dead. They make so few mistakes.
Arnold: Mom, I miss some.
Mom: Give some time Arnold. It gets better.
But never goes away. You can work as longer adopt a son, fight with me, whatever, it stopped there.
But it's all right, it becomes a part of you, like learning a pair of glasses. You used it. It's good because you make sure you don't forget it.

映画『トーチソング・トリロジー』

アーノルド:とにかく、死んだ人を愛する方が楽だわ。死んだ人は過ちを犯すこともないんだから。
ママ:おまえって子は本当に変わった考え方するねえ、アーノルド。
アーノルド:それが家風でしょう? ママ、アランに会いたくてたまらない。
ママ:時間がたてば……せっせと働いたり、養子をもらったり、私と喧嘩をしたり……でもね、アーノルド、何をしようと、消えはしない。それで良いんだ。それは、いつか、おまえの一部になるんだ、いつもしてる指輪や眼鏡みたいに。慣れてしまえばそれも悪くない。その気持ちがあれば忘れることもないからね。忘れたくないだろう、その人のこと?

ハーヴェイ・ファイアスティーン著、青井陽治訳『トーチソング・トリロジー』(1987年、劇書房)

喪失は消えない。しかしその喪失は、いつか自分の一部になる。そう語る母の言葉が、傷ついたアーノルドの心を幾分か癒やしてくれる。それどころか観客の喪失さえ救ってくれるのだ。

書籍『トーチソング・トリロジー』の訳者あとがきに、出版用に寄せられた作者の言葉が紹介されている。

“トーチソングの効用”——それは深い喪失から、瞬間でも心揺さぶり、ひととき救ってくれるのものなのだ。

 あなたが出逢う登場人物の誰一人として「正しく」はない。答は出ない。でも、いつも聞き過ごしていた古いなじみの曲が、ジューク・ボックスにかかっていて、何故か、その歌詞のひとくだりが、あなたの心に訴えかけ、あなたの内面を揺さぶるかも知れない。その瞬間、あなたは孤独から救われる。それが、トーチソングの効用というものだ。それができれば、この芝居の目的は果たされる——

ハーヴェイ・ファイアスティーン著、青井陽治訳『トーチソング・トリロジー』(1987年、劇書房)p.226

ちなみにハーヴェイ・ファイアスタインは、俳優として舞台や映画でも活躍している。2005年の映画『キンキーブーツ』を原作にした舞台化脚本もファイアスタインが手がけている。しゃがれた声でわかるので、映画『インデペンデンス・デイ』で普通のおじさんとして出演していた時には驚いた。芸幅が広い。

現在はDVDが高値で入手困難な状態だけれど、レンタル落ちを気長に探すと見つかるかもしれない。




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