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五里霧中

※ミサキカクさんの毎週公演内の「歌詞から紡ぐ物語」で使用している台本です。さだまさしさんの「検察側の証人」という作品にインスパイアされて創作した作品です。



友人男
友人女


★照明 友男明かり
☆音響 M1 IN


友男 あいつのことを知ってるかだって?知ってるなんてもんじゃないよ。 
   あいつは俺の親友だ。だから俺はあの女があいつにしたことが許せね
   えんだ。確かにあいつにも悪いところはあったとは思うよ。あいつと
   は小学校の頃からの仲なんだ。だからあいつの恋も全部俺は見てき
   た。本当に不器用なやつなんだよ。不器用に、でも純粋に一人の人を
   愛する。そんなことしかできないやつなんだ。今回の恋だってそうだ
   よ。ほんとに一途に一生懸命愛してた。俺はこの店であいつの話を何
   度も聞いてやった。だから知ってるんだ。あいつがどれだけあの女の
   ことを愛していたか……それをあの女は、踏みつけにしていきやがっ
   た。今頃どうしてるんだろうな。どこか別の男の部屋で自分がどれだ
   け悲劇のヒロインかって嘘八百を並べ立ててるんだろう。最初から俺
   はダメだって言ったんだよ。ああいう自分の魅力を自分でわかってい
   ますって感じの女は。もてあそばれて終わりだって言ったんだよ。で
   もあいつは聞かなかった。そりゃああいつにとっちゃあほんとに魅力
   的な女だったんだろうよ。でもその本性はひどいあばずれだったって
   わけだ。何人もの男を渡り歩く。まるで蛾だね。あいつは目の前にあ
   るように感じていたあの女の幻影をただ追い続けていただけなんだ。
   まるでそう、ひとりぼっちの影踏みゲームみたいなもんさ。最初から
   勝ち目のない遊びだったんだよ。別れた後のあいつはほんとにひどい
   もんだった。落ち込んでるなんて言葉じゃ表せないぐらいの沈み方だ
   ったよ。結局はいつもそうさ、純粋で真面目でいいやつは女にもてあ
   そばれて終わるんだよ。俺はそれが許せねえんだ。
 
★照明 友男サスOUT 友女サスIN
 
友女 は?全然違う。わかってないね。あの子がどれだけ苦しんできた
   か。確かに一見したらあの子が心変わりしたってそう見えるのかも
   しれないけどね。なんで心が変わるか考えたことある?あの子、別
   れたあの晩、私の部屋に来て一晩中泣き続けていたの。それはもう
   泣いて泣いて。まるで血を吐くように泣き続けたわ。その間あの男
   に対して謝り続けてた。それは届かない言葉かもしれないけど、そ
   れでも心からの言葉だったと思うわ。あの子はいつだって一生懸命
   生きようとしてるし、実際一生懸命生きてる。傍目に見たら自分の
   魅力を武器に器用に生きているように見えるのかもしれない。でも
   ね。そんな簡単な話じゃないんだ。あたしは思うんだ。恋ってまる
   で両刃の剣と同じじゃないかって。恋で傷つかないなんてやつがい
   たら、そんなやつの方が信用できないね。きっとそいつは嘘をつい
   てる。相手を切りつけた方が、切られた相手より傷つくなんてこと
   だってきっとあるわ。あたしはあの子がどれだけ色んな男に言い寄
   られて苦しんできたか知ってる。だからあの男が許せないんだよ。
   そうやって不器用に悩んでいたあの子を守ってあげられなかったあ
   の男の思いやりのなさ。それが憎いんだ。
 
☆音響 M1 OUT
★照明 友女サスOUT 男サスIN
☆音響 M2 IN
 
男  あれは、一年前のことでした。ちょうど今日みたいな、気分を憂鬱に
   させるような雨が降ってました。彼女がこの店に入ってきたのを見た
   時、運命ってあるのかもしれないって思いました。店のドアが開い
   て、思わずそちらに目をやりました。そしたらちょうど入ってくる彼
   女と目が合いました。その美しさに釘付けになった僕を見て、彼女は
   軽く微笑みました。僕は一瞬にして彼女の虜になりました。彼女の方
   がどうだったか?そんなことはわかりません。僕はお世辞にもモテて
   きた人生ではなかったので。だから初対面で人に好かれるかどうかと
   は言われれば、違うというしかありません。でも彼女と出会った時、
   僕の中には今まで感じたことのないような強い衝動が生まれてきまし
   た。それはもしかすると邪なものだったのかもしれません。しかしそ
   れでもその時の僕には純粋な恋愛感情のように感じたのです。勘違い
   しないでほしいのは、僕は今まで、バーに来た人に突然話しかけるよ
   うなことはしたことありません。でもその時は話しかけたいという自
   分の願望を抑えることができませんでした。何て言って話しかけた
   か……確か「初めてですか?」なんていうありきたりな話だったよう
   な気がします。彼女は短く「いいえ」と答えただけでした。ただ、そ
   の声の何とも言えない魅力的な響きに、心が躍ったのをはっきり覚え
   ています

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