日本一面倒くさい破局
最近、とある社内恋愛カップルが破局したと聞いた。社内恋愛の破局なんてもの自体、珍しくもなんともないが、今回のカップルについては、ちょっと注目してしまう。何故なら、男は、心が内部複雑骨折しているとしか思えない「無造作フェイク男」であり、女は、常に何かに追い詰められた「一から百まで確認女」という、日本一面倒くさい組み合わせだったからだ。
一から説明します。
まず男。こいつは、大学卒業以来、日本の大手企業に勤め、現在30代も半ばを迎えているにも関わらず、自分が平凡なサラリーマンであることを未だに認めない厄介な野郎なんである。
「いやマジ、俺の父親とか終わってて。いやマジ、昭和の熱血リーマンつうんですかね、ほんとああいう組織の歯車人生、悲しいっす」と何度も言うので、「あのね、昭和の日本というのはね、何千、何万という組織の歯車のお陰で豊かになったんだよ。歯車万歳、歯車に感謝。あなたも私も素敵な歯車人生楽しもうよ。置かれた場所で共に咲こうよ」と言ったところ、とても不満げな様子であった。
先日、その歯車の親父さんが亡くなったそうなのだが、遺品を整理していたら、親父さんには長年に渡り交際の続いていた愛人がいたことが発覚、プチ騒ぎになったという。「親父さん、単なるサラリーマンじゃなかったじゃん、そんな向田邦子ドラマ的展開、普通の歯車にはなかなか訪れないよ。少なくともあんたよりは破天荒な歯車だったというわけだ」と言ってやったら、口をすぼめて席に戻って行った。
つい先日など、髪型を変えた自分について持て余したのか、わざわざ席にやって来て、「いやマジ、表参道で髪切る奴とか最低っす」といきなり言ってきた。「いやマジ、週末、下町散策をしていたら、昔ながらのバーバーみたいな床屋を通りかかって、ひょいと入って切ってみたっす」とのこと。髪なんてものは、あくまでも切りたい時に、何気なく切るものだと言いたいらしい。「へぇ、私はずっと表参道で切ってるけど?何故ならあそこは美容院乱立地帯だから。表参道で髪を切ることの、格好良さや悪さなんて考えたこともなかったね。ただただ、そこに美容院があるから入った、そこがたまたま表参道だった、というわけよ」と言ってやったら、決まり悪そうに髪をかき上げて退散した。
こちらからもたまに攻撃してみる。「ねえねえ、ひとつ言わせて頂くとさー、あんたのFacebookの投稿、『羽田空港さくらラウンジにチェックインしました』言うて、ラウンジのカレーの写真アップすんのやめたら?あれって世間で『空港ラウンジカレー男』として、すこぶる不評なの知ってんの?俺って世界中飛び回って出張してるんだぜ、もちろんビジネスラウンジ使用だぜアピールっつうことで、イタい男の代表だからな!」と言ってみたところ、奴はこう言うのである。
「いやマジ、あれ実際、ラウンジで暇なんすよ。時間あるんで、ついFacebook投稿でもするか、みたいな感じで自然にやってます。つうかあのカレー、まじ美味いんすよ。美味いから載せてるんす。それに、あのカレーの写真を投稿することで、これから海外で仕事だー!つう気合いが入るんで、まあ投稿は一種のおまじないみたいなもんで、誰の為にでもなく、自分の為に無意識にしてる感じっすね」だと。
嘘つけ、病気だ。
一方の女。彼女はまだ若いということもあり、お局のこちらが色々指導するのはいいとして、どんな小さなことも自分で決めることが出来ない確認魔という病。
例えば、来客対応。夏なので、「来客用の冷蔵庫に備蓄してあるペットボトルのお茶にプラスチックのコップを添えて出すように」と言ったものの、たまたま冷蔵庫の中のお茶が切れていたらしい。「どうしたらよろしいでしょうか?あと30分でいらっしゃってしまわれます……」と悲壮な顔をするので、「じゃあコンビニで買ってきたら?」と言えば、「はい、地下のコンビニでよろしいでしょうか?」と聞く。「地下のコンビニが一番近いので、地下のコンビニがいいでしょうね」と言うと、「お茶は何ミリリットルを購入すれば宜しいでしょうか?」と来る。「一人1.5リットル」と言えば、本当に、どでかいペットボトルを客一人一人の前に置きかねない彼女なので、真面目に「350ミリリットル」と答えてやった。それでも確認魔は止まらない。「お茶のお銘柄は如何しましょうか?」と。何でもいいんだよバカヤロウと言いたいところだが、「生茶」と冷静に答えるも、「生茶が切れていた場合は如何しましょうか?」と来る。強い……。負けるもんか。「そうねえ、伊右衛門で」と真顔で返したところ、彼女はやっとコンビニに走るのだ。
先日は、我々の部署のおっさん数名が出掛けたニューヨーク出張についても心配が絶えないようだった。「この日の晩の外人との会食ですが、A部長だけ直前まで別行動で、会食の店集合となりますよね。A部長がお店に辿り着けなかった場合は、如何したらよろしいでしょうか?しかも、A部長だけ先方と初対面なので、もしもA部長が一番先に着いてしまった場合、A部長はどうしたらよろしいのでしょうか?」と、また悲壮顔。
「まず、A部長って、過去にニューヨーク駐在歴5年あるよね。お店はスラム街の倉庫の中の看板の出てない店とかじゃなくって、マンハッタンのステーキハウスだから、絶対に行けるよ、A部長を信じよう。何なら携帯も持ってるし。先に着いちゃうかもしれない問題だけど、もし自分だけ先に入るのがイヤなら、他のおっさんたちが来るのを店の前で待ってればいいんじゃない?もし自分一人でも先に入ってもいいと思うのなら、先に入って、『ハーイ、ナイストゥミーチュー、アイムA、残りの者カミングスーン、サムシングトゥドリンク?』って言うんじゃない?」と言ったところ、「なるほど、それなら了解です!」と笑顔になった。
この二人が恋に落ちて交際をし、更に破局を迎えた……という壮大なスペクタクル。
男は「いやマジ、出会いとか別れって、人生には必ず訪れるものであって、二人の波動が合わなくなったら、一緒にいる理由とかってなくね?っていう、自然な流れってことっすかね」と言いそうなのだけど、女は「波動が合わないというのは、具体的にいつの話?そもそも波動って何を示しているの?」と、いつまでも問い詰めそうで、この二人の別れ話って、いったい何時間かかったのだろう、と、どうでもいいことを考える雨の夜。