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-熟した先に感じた、後味の正体は- GRAPEVINE「Almost there」 レビュー

バンド結成30周年、GRAPEVINE 18枚目のフルアルバム「Almost there」。

完成度の高さを誇った前作「新しい果実」を2年以上に渡って味わった身として、
新作への期待感は以前にも増して天井知らずで高まっていた。

いつだって、彼らの作品は既定路線に行かないことは分かっている。
その都度、訪れたことのない場所にたどり着いている。
少しずつ、確実に変わり続ける。
そんな彼らを、気づけばいつの間にか20年以上聴き続けていた。

時に抉り、捻くり、慰め、鼓舞する。
時に少しの女々しさを垣間見せながら、求める。
そしてやがては救い、救われる。
それは人の性だと思う。
私にとっては「日々の営みに密接している音楽」。
前々作の「ALL THE LIGHT」あたりから、
バインの音楽を聴く度にそんなことを思う。

今こうして再び、彼らの奏でる新しい音楽に触れることが出来るのは
実に幸福なことだなぁ、と思い、噛みしめながら、
18枚目のフルアルバム「Almost there」を聴いた。

熟した先に感じた、ざらついた後味の正体


アルバムは「Ub(You bet on it)」の歪んだギターカッティングから始まる。

「世界中が敵だと感じたなら 選ばれたってことさ」
「呆れるほど革命的なアティチュードで きみを守り抜いてやる」

まるで自身に向けたメッセージのようにも思える曲で幕を開ける。

「雀の子」
作家の顛末で締め括ったあの時のアンコールに続くような、
作詞作曲田中氏による独白(毒吐)感満載な一曲。
ある意味、「Gifted」よりもヘヴィに響く。

「それは永遠」
この曲で見せるノスタルジックな情景は、
「少年」「smalltown,superhero」「Chain」など既存曲の世界線と繋がっているかもしれない。流麗でアコースティックな構成が光っている。

「Ready to get started?」
疾走感の中に響き渡る歪んだツインギターのハーモニーが心地良い。
ここまでアップテンポなノリは「FLY」など2006年頃にまで遡らないと、
近年の作品ではほとんど見かけない曲調だ。
それを今のバインが演るところに面白みを感じる。

「実はもう熟れ」
既存曲で言えば「MAWATA」のような80年代シティポップをテイストで、
目がくらむようなベースラインに踊らされながら、
爽やかなギターカッティングが心地良く響く。
そこに齢と経験から紡がれた言葉と艶やかな歌声が絶妙に乗っかっている。

「アマテラス」
作詞作曲田中和将の真骨頂とも言えるリリックが並び、
ラップを織り交ぜながらシンフォニックなサビへと向かう展開は
今作の中で際立って中毒性がある異端児だ。

「停電の夜」
都会的なサウンドに「言葉はもう役に立たないよ」
と呟く歌詞が印象的だ。
少ない音数で魅せるシンセサイザーが感傷を引き立てる。

「Goodbye, Annie」
わが国を諦念する風刺画のような歌詞にパンク調の歪んだギターロックが痛快に響いている。
テイスト的には「うわばみ」に近い感触を持った。

「The Long Bright Dark」
乾いたオールドロック調の渋さにコーラスワークが効果的に入った
いぶし銀的な一曲、という印象だ。

「Ophelia」
独創的なギターリフに気を取られているうちに、深遠な渦を巻くようなサビに一気に飲み込まれる。
シューゲイザーはあまり得意ではないのだけど、これには参りました。
「小宇宙」に近いテイストを感じつつも、こちらのほうがより好みです。

「SEX」
R&Bテイストのミニマルな音世界の中で、パーソナルな言葉たちを色気の増したファルセットで歌い上げ、
微熱のような余韻を残しながら本作を締め括る。

「Ub(You bet on it)」 「それは永遠」「実はもう熟れ」「Ophelia」など、
亀井氏が作曲した楽曲はメロディーラインが力強く、
いわゆる「バイン節」を響かせる曲が多い。
そこに田中氏作曲の「雀の子」「アマテラス」などの楽曲で
今まで踏み込まなかった場所を開拓し、
ボキャブラリティ豊かな言葉たちも気持ちよく乗っかって
新たな感触を提示している。
その配合バランスを味わいながら、
今作の到達地点が何処にあるのかを逡巡する。

全体を通して感じた印象としては、ギターのエッジが効いた曲が多く、
比較的スケールが大きい作品、という印象を持った。
ギターロックをここまで推し進めたアルバムは久しぶりではないだろうか。
アグレッシブな音作りとしては、リーダー西原誠氏が脱退し、
5人体制となって初めて作られたアルバム2003年の「イデアの水槽」が思い浮かぶ。
当時も相当な覚悟を持って制作されたと思われるが、
今現在、5人体制になって20年という歳月を経て、
昨年の件の影響もエッセンスとして少なからず含まれ、
結果として以前にも増して
より力の篭った作品になったのではないだろうか。

今作の曲たちに散りばめられた歌詞のワードからは、
近年の心情を吐露せずにはいられない、彼らしい繊細さを感じたりもした。
プライベートと創作活動を完全に切り分けて表現するアーティストも居ると思うが、彼の場合はそうではないのかもしれない。

「田中和将 with GRAPEVINE」とまではいかないまでも、
多少なりともそのような印象を受けるくらいに
フロントマンの立ち居振る舞いがよりアクティブに表れた作風にも感じた。
そうした側面も相まって
ざらついた、反骨的なロックテイストの楽曲が目立っているようにも思う。

前作「新しい果実」はどちらかというと柔和な音質、滑らかな質感で
リズムに重きを置いた落ち着いた作風だったので、
聴きなじみの良さという点では、個人的には前作のほうが好みではある。

突拍子もないが、例えば音楽体験を食事に言い換えて表現してみると、
私は、揚げ物より煮物を選ぶようになってきたし、
焼き肉よりもローストビーフを食べたくなるし、
生野菜よりも茹で野菜を好んで食べるようにもなった。

それは自分自身の体質だったり体調の変化に因るところが大きかったりするわけで、
つまるところ、彼らがサーブするモードに対して
自身の体制がそこまで整っていない、ということかもしれない。

レコ発ツアーは10/6(金)から始まる。
アルバムリリースから9日後という短いスパンで
どこまでアルバムの世界観を表現し、アップデートしてくるのか。
そこにも関心が向きつつ、自身の体調も整えながら
その世界に立ち会える機会を楽しみに待ちたい。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご意見やご感想等ありましたら、お気軽にいただけますと嬉しいです。


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