七夕のパロディー

昔書いたくだらない七夕の物語を加筆・訂正して、更にもっとくだらなくしました。
元気が出ない時に読んで、脱力のお手伝いができたら幸いです。


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今年もタナバタの季節になりましたね。
七夕、読めない。ナタって読んじゃうよね。
天の川は甘くないし。
そんな、甘くない織り姫と彦星のパロディーです。

昔むかし、昔と言っても今の方が昔より昔で、昔の方が時間的に見ると今より未来という可能性もある、そんな昔にカンダー川の近くに独身女が住んでいた。

女は古いアパートの二階でリリアンを編みながら生計を立てていた。手作りアクセサリー販売サイトでリリアンのブレスレットを

『このブレスレットを付けると恋愛運にとても効きます★』

と、適当に考えた売れそうな言葉を載せて販売していた。適当だったが、プラセボ効果により、試しに買ったお客さんは
「何か恋愛運、上がったかも?」
という前向きな気分になったので、本当は今まで努力してきた自分のおかげだけど、「リリアンを身につけたおかげだわ!」と、思い込んで友人達に広めたために、ジワジワとリリアンは人気を集め、彼女は売れっ子リリアン編みとなった。

「リリアンだけでメシが食っていけるもんか!」

と、家賃を滞納してたので払いに行った時に大家さんに怒られたけど、実際こうしてリリアンで稼いだお金で二ヶ月分の家賃を払い終えるぐらいの売れっ子リリアン編みだった。
好きな事に対する情熱は、時に世間の固定観念と常識を軽く覆すのだ。
リリアン編みの受注はどんどん増えていった。予約で仕上がりの発送が3ヶ月待ちになるほどだった。

女はある日、時には贅沢をしようと思い、吉牛でビールを頼んだ。チケットを渡しながらも更に大きくひと声、言ってみた。

「ビールお願いしまーす!」

えっ、ビール? って??と、店内にいた男達は女を二度見した。

「えっ、ホントにビール?」

三度見した男がいた。その時、女と目が合った。それが、女と男の運命の出会いだった。
7月7日だ。

二人は直ぐに恋に落ちた。
二人とも今までモテなくて恋人もいなかったので、その反動であっという間にお葬式で手順を忘れがちな抹香みたいに燃え上がった。
そして周りが見えなくなっていった。

女は今まで真面目にリリアン編んでたのにパタリと作業の手を止め、男と一日中ベッタリと過ごすようになった。彼氏できると、付き合い悪くなるのは、まあ、でも、しょうがない。

でも、発注を受けたからにはちゃんと納品して欲しい。リリアンの納期は遅れ、苦情がサイト管理者に来るようになった。
サイト管理者の山下さんは、何度も女に連絡を入れたが繋がらなかった。山下さんは困った。

「手作りの心のこもった作品を世の中に広めたくって、このサイトを作ったのに。今までアーティストに恵まれていただけで、こんな出来事もあるのね…。」

受話器を置きながら溜息を付いている姿を小学三年生になる娘さんが見ていた。
「大丈夫、ママは悪くないよ!夏だから、ちょっとお休みしてるだけだよ。そうだよ、リリアンのお姉さん、また戻ってきてくれるよ!!」
と、母親を元気付けてくれた。山下さんはこんな状況だったが、我が子の成長に感動して涙ぐんだ。

(この子が本当に大人になったら、今日みたいな暑い日は一緒にビールを飲めたらいいな…)

と、山下さんは小さな小さな夢を持った。夢を見られる自分は幸せ者だと思った。

ところで男と女は四六時中一緒にいた。
今まで恋愛に縁が無かったので、街ゆく人々に注目されたいのと、「俺ら幸せなんだぜ?」っていう自分達の姿にイイネボタン押されたいような気持ちになり、所構わずベタベタしていた。

そう、日本の夏がベタベタしてるのは、そういう人達のせいなんだよ。
熱帯性高気圧云々が原因じゃないんだよね。
例えば、同じ方向に向かってるのに総武線と東西線では東西線の方が何か涼しい気がするのは、新宿駅を避けてるからだよね。新宿南口のルミネ系カップルや、西武新宿方面のペペ系カップル。或いは、新宿三丁目の伊勢丹系カップル。東西線は新宿を除けてるから、それらベタベタの影響を余り受けてない。そういうこと。
嘘です。

話はそれたけど、そしてとうとう、ある日の中央線快速東京行きの満員電車の女性専用車両で、二人でベタベタしているとこに、事件は起きてしまった。
女性専用車両に男も一緒に乗ってたから、女性たちは心の中で不快感があった。
下着売り場に彼氏が一緒に見に来てるくらい、不快だったが、ベタベタカップルは不快なのを羨ましがられていると勘違いしていて悦に入っていた。
そしてこんな時って、裸の王様を見破る少年のように正直者が存在してて、今日の正直者は青森から孫がやって来るのを東京駅に迎えに行くために乗っていた西山登代子さん(72歳)だった。

西山さんは、思った事をそのまま言ってしまう性格。でも、決して悪意は無く、むしろその正直さは竹を割ったようなスカッとした颯爽感でもある。そこが都会で生まれ育って、年を重ねた人達に共通する良さなんだよね。
西山さんは、男に向かってただ、

「あら、ここは女性専用車両ですよ。アベックが朝からいい年してベタベタするための車両じゃないですよ。学生さんならまだマシな、何歳なんだろうねー。自分たちがドラマの美男美女とでも思ってるのかしら。おー、嫌だ!気持ち悪い!ぞっとする!!クァーッ!!クァーッ!!」

と、正直に嫌みを言っただけだった。
男はカッとなり、西山さんに暴言を吐き殴り掛かろうとしてたが、それを見ていた私達が駅員を呼び、駅員に男は連れていかれて、それっきり女と男は離れ離れになった。
そんなお客様トラブルの影響で、この電車は約15分遅れで走行しているらしい。

女は男と連絡が取れなくなった。
あの蜜月があっさりと終わった。

何度か男の妻と名乗る女性から電話がかかって来て、男の行方を尋ねられたが、分からないと答えた。本当に、フルネームさえ分からなかった。

女は数日後、リリアン編みを再開した。
リリアンは自分を待ってくれていた。という気がした。

サイト経営者の山下さんが、女が病気で入院していたと、うまく合わせてくれたため、お見舞いのメールすら届いていた。

女は反省した。山下さんに感謝した。
男はいなくなるけど、自分が作った物はそうそう無くならないし、味方でいてくれる。
女は、リリアンを夢中で編んでいた過去の自分にも、感謝した。

女はカンダー川の古いアパートから、タマー川近くの綺麗なマンションに引っ越した。
毎年7月7日になっても、あの古いアパートで男と過ごした事は二度と思い出さない。

良い終わり。