以前書いたお話(18:波音はまだ小豆)

 こんにちは、返却期限です。
 
 書いたお話を置いてく場所に困ったので、noteに置くことにしました。
  
 これは、友人である、もとりさんに、2つの単語の組み合わせで、お題3つを出してもらって書いたシリーズの2つ目です。

お題「ヨット」と「オリーブ」:『波音はまだ小豆』

「それを言うなら種子島でしょ!」
 ゲラゲラ笑いながら缶を雑に置いたので、テーブルを転げて慌てた。ほとんど空だったからビールはこぼれなかった。
「たねが……あっ」
 奴はハッと気がついて一瞬恥ずかしそうな顔をしたが、
「いいや!あるんだよ、小豆島宇宙センター」
 赤い顔をして勢い込んで言うのが可笑しくて少しむせた。タイムラグと割れた音声がもどかしい。
「ねえよ!」
「あるある!」
「そんなら、どんなのか話してごらんよ」
「えっとね」
 都内に住む親友がお盆にこちらに帰れないと言うので、オンラインさし飲みをすることにした。気兼ねなくバカな話をできるのは、俺には奴しかいない。
「小豆島宇宙センターはね、ヨットを打ち上げるの。宇宙ヨット」
「ああ、あるね、宇宙ヨット」
「えっ、あるの?」
 きょとんとしてやがる。適当に言ったな。
「あるある。ソーラーセイルつってね、なんか、風呂敷みたいなやつ」
「風呂敷ってこたないでしょ」
「確かに俺もよくわかってないけど、なんか、帆が四角くってさ、銀紙みたいなのが貼り付いてて、わりとペラペラしててさ、ほら、太陽の光を受けて進む、えー、宇宙船?の一種かなんかだったと思うよ」
 ペラペラなのは俺の知識だ。いいかげんすぎてJAXAに怒られるぞ。
「へー」
「いや、へー、じゃないでしょ」
 完全に普通に聞いちゃってただろ。
「あっ、違う違う。オレの宇宙ヨットはね」
「小豆島宇宙センターのね」
「そう、それはね、もっとホントに、海のヨットみたいなの」
「SFで見るようなやつね」
「でね、動力はお相撲さん」
「え?なんで?」
 小豆島出身の力士もいるだろうが、奴が相撲を見るとは思えない。俺も詳しくない。
「お相撲さんってさ、髷を結うときに油をつけるよね」
「鬢付け油ね」
「あれオリーブオイルでしょ」
「違ぇよ!」
 笑いながら空き缶を画面に投げるふりをする。
「いや、オリーブオイルなんだよ」
「はいはい、まあいいや。だから小豆島なんだ」
「うん、で、お相撲さん12人で、柱に突っ張りをするの」
「鉄砲ってやつだ」
 思わぬところで種子島じゃないか。
「ところで、なんで12人なの?」
 干支かな?と、考えながら、茎わかめを口に入れる。
「二十四の瞳だよ!」
 俺は上手いツッコミも入れられずに茎わかめを吹いた。
「ごめんごめん、汚いね」
「お相撲さん一人ひとりに目が2つあるとして」
「わかってるよそんなことは!それであれでしょ、女将さんが仕切ってるんでしょ、先生みたいに」
「そうそう」
 ニヤニヤ笑う奴の前に、ふさふさしたものが通りかかった。
「カジさん来ちゃった」
「あ、良かったあ、カジさん元気じゃん」
 カジさんは猫である。拾ったときに耳がかじられていたからカジになった。もう18くらいになるはずなので、もしやと思ってこちらから話題にしなかった。
「元気っちゃ元気だけど、歳も歳よ」
「だいぶおばあちゃんだよね」
 奴がカジさんと戯れている間に、スマホでシャシャッと調べる。
「今ね、『小豆島 宇宙』で検索してみたら」
「出た?小豆島宇宙センター」
「出たらビックリだよ。そうじゃなくて、宇宙食の話題がヒットしたよ。小豆島のちりめん山椒が、宇宙食に選ばれたって」
「じゃあ、お相撲さんにはそれを食べててもらおう」
「ちりめん山椒はあくまでトッピングじゃないの?おなか減るでしょ」
「そうだね。じゃあ、メインは手延べそうめん」
「手延べちゃんこ」
「手延べちゃんこ」
 無茶苦茶だが語呂が気に入って二人で繰り返す。
「飛行士は誰にする?」
「カジさん乗せようか」
「カジさんだけ?ライカ犬みたいなこと?」
「それはやだなあ」
 奴は猫の尻尾の付け根を優しくトントンと触った。
「オレも乗るから、2人で乗ろうよ」
「いいよ。でさ、さっきからなんかおかしいなって思ってたんだけど、ヨットっつうからには帆が張ってあるんじゃないの?」
「あるよ、あるある」
「じゃあさ、お相撲さん以外に、なんか帆に力を受けて進まないの?ま、ずっと張ってるわけじゃないにしてもさ」
 この問いには困ってしまったようで、奴は「オリーブオイルを全面に塗って……いや、待てよ」などとブツブツ言っている。
「そこはもう、太陽光でいい?」
 助け船を出してやる。
「そうだね。オリーブを助けにいく力を利用して、とか考えたんだけど」
「……あ、ポパイが?」
「ほうれん草を積まなきゃなぁ、とか」
「マストとどう関係するのか全然見えてこないけどね」
 ああこの、グダグダな感じ。なんの役にも立たない、無秩序で幸せな時間。俺の人生の宝。
 さて、想像力も尽きてきたみたいだし、少し現実的な話でもするか。
「宇宙に行く前にさ、小豆島に行ってのんびりしたいね」
「いいけど、オレら2人で行くの?」
「別に恋人の聖地とか行かなきゃ良いじゃん」
「えー、楽しいかなあ」
「星でも見ながらさ、小豆島宇宙センターの構想しようよ」
「それはいいかも」
 あちらのカメラに近づいてきたカジさんが画面いっぱいに広がる。
「おっ、猫舵一杯だ」

(おしまい)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?