以前書いたお話(17:降ってくる話)

 こんにちは、返却期限です。
 
 書いたお話を置いてく場所に困ったので、noteに置くことにしました。
 
 これは、友人である、もとりさんに、2つの単語の組み合わせで、お題3つを出してもらって書いたシリーズの1つ目です。

お題「ひよこ豆」と「日傘」:『降ってくる話』


 今年の初めごろから、ひよこ豆が全国的に降るようになりました。もちろん、食べるひよこ豆そのものが天から降ってくるわけではありません。そんなことがあれば、いくら柔らかく煮てあったって、めっぽう痛いことでしょう。降ってきているのは、ひよこ豆によく似た何かなのですけれど、詳しくはわかっていません。最近では、なし崩し的に「(天気の方の)ひよこ豆」と呼ばれています。そのうち「ゲリラ豪豆(ごうず)」なんていうのも出てくるかもしれません。

 さんさん降り注ぐ光が教授の頭を焦がそうとします。日傘も帽子もないので参ったものです。講義棟から学食へ向かう途中、学内コンビニの前を通りかかると、軒下の日陰で猫が休んでいるのが見えました。
「こんにちは」
 飼うほどではないけれども猫好きの教授、挨拶をしながら近づいていきます。
「暑いですね、ほんと」
 丁寧に話しかけられながらおつむを優しくほぐされて、猫はまんざらでもない様子です。おとなしい様子に、教授も嬉しくなってよく撫でます。とはいえ、学食で腹ごしらえしないと。立ち上がった瞬間、パラッと来た。
「ややっ」
 ひよこ豆です。猫と顔を見合わせます。そこへ学生が通りがかりました。
「豆宿りですか?」
「豆宿り?ああ、そうだね、雨宿りならぬ」
「急に降ってきましたよね。先生、日傘お持ちじゃないんですか?」
 学生は稲妻が走ったようなデザインの日傘を差しています。
「いやあ、どうも男が日傘っていうのはね」
 教授はそれほど保守的な性格ではありませんが、そこには引っかかっていました。
「最近はそんなこと言ってられませんよ。カッコイイ日傘も増えてますよ。これなんかもよくないですか?」
 稲妻の傘が揺らされて、ひよこ豆がぽんぽん弾かれます。
「うん、カッコイイね」
「でしょう!あ、折りたたみ傘も持って来ちゃったんで、一本余ってるんですけど、よろしければ使いますか?」
 どうやら学生も同じ学食に向かっているようなので、そこまでの間だだけ、と申し出を呑みました。学生の方が折りたたみ傘を使ってくれます。
 猫に見送られて学食まで連れ立って歩く二人。
「先生、失礼ですがお名前お聞かせ願えますか?」
 学生はそこまで言って、
「あ、自分は菱川(ひしかわ)と言います。菱形のヒシに、三本川です」
 と慌てて名乗りました。
「菱川師宣の菱川だね」
「そうです」
「僕は廣瀬(ひろせ)です」
「ヒロは難しいやつですか?」
「そうそう。廣瀬先生はうちの大学に三人いるけど、みんな同じ字だね。僕の下の名前は敏朗(としお)です。俊敏のビンに、朗らか。菱川さんの下の名前はなんですか?」
 学生は急に固まってしまいました。教授はびっくりして、何かハラスメント行為をはたらいてしまっただろうかと自問しました。
「あ、ええと、あの」
「いや、ごめんなさい、なにか不快な気持ちにさせたなら謝ります。無理に言わなくていいよ」
 教授の素直で柔軟な態度に安心し、学生は言葉を取り戻して言いました。
「こちらこそ失礼しました。ただ、自分の下の名前がどうしても好きになれなくて、この春からできる限り口にしないようにしてるんです」
「ああ、そういうことなら、かまわないよ。菱川さん、で充分だ」
「ありがとうございます」
 親か、それに準ずる人がつけたであろう名前がつらいというのは、ずいんぶんしんどいことだろう。そう考えると教授は学生が気の毒に思えました。話題を変えようと天気の話を再びします。
「それにしても、朝、天気予報を見たときは、降るなんて出ていなかったんだけどなあ」
「朝は確かに言ってませんでしたよねえ」
 学生はスマホを取り出すと、天気予報のアプリをタップしました。
「さすがに今では出てますね」
 差し出されたスマホを教授がのぞき込みます。
「本当だ。現在地、晴れ時々ガンバルゾ」
「……ガルバンゾじゃないですか?」
「えっ?ガ・ル・バ・ン・ゾ……あっ、ガルバンゾっていうんだ!僕、ずっとガンバルゾだと思ってた!」
 二人は声を上げて笑い出しました。
「が、頑張るぞって、先生、気合い入ってますね!」
「いやあ、おっかしいなあ、耳からも聴いてるはずなのになあ」
「思いこみって怖いですね。まあ、ひよこ豆の方が日本では使われてますからね。英語のニュースだとまた違うし」
 学食がある建物まで来ました。屋根の下に入ります。学生は中で友達が待っているそうです。教授とサシ飯はごめんだと思って嘘をついているのかもしれませんけれども。
「それでは、傘ありがとう」
「いえいえ。あっ、先生!」
 急にひらめきが降ってきました。
「菱川ガンバ、って、よくないですか?」
 下の名前の話です。
「ああ、いいじゃない!いいですよ。意志を感じる。語呂もいい」
「なんだかしっくりきます」
 瞬間、日差しがまた眩しく感じられました。
 
 教授は日傘の購入を検討することにしたそうです。

(おしまい)

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