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以前書いたお話(13:たからもの)

 
 こんにちは、返却期限です。
 
 書いたお話を置いておく場所に困ったので、noteに置くことにしました。

 これは、友人である、もとりさんが制作されたブローチに感化されて書いたお話です。
 

『たからもの』

 あじさい堂は、地味でおいしいパン屋、の、横にある雑貨店で、私がちっちゃな頃からすでにそこに当然のような顔で存在していた。店主は年齢不詳で、女の子みたいな、おばあさんみたいな、でも不気味というよりは不思議な、おもしろい人である。
 その日、私はあじさい堂にいた。母の誕生日が明日なので、しぶしぶプレゼントを買いに来ていたのだ。何故しぶしぶかというと、親子ゲンカの真っ最中だったから。
「そりゃさ、テストの前の夜にCSの映画丸々見ちゃったのは悪かったと思ってるよ?そりゃ点数散々だわ。そりゃ怒られるわ。でもさ、叱るにも言い方ってあると思わない?」
 グチると店主は苦笑しながら続きを促してくれた。
「なんて言われたの?」
「『あんたにはガッカリした』って。ガッカリよ?今回だけじゃないのよ。お母さんすぐ言うの。『あんたにはガッカリ』って」
「口癖になっちゃってんのね」
「ひどくない?まださ、『だから前の日は早く寝なさいって言ったでしょ?』とかならわかるのよ。私のしたことに対して非難してるからさ。でもね、『あんたにはガッカリ』って言われると、私の全人格を否定されてる気がするのよ。だってさ、それって、お母さんの期待通りに生きないと、存在を認めないってことでしょ?お母さんの言いつけを守らずに裏切った、ってことに対して傷ついてるなら受け入れられるし反省もできるけど、期待通りに点が取れなかったからって勝手に傷つかれても、こっちが傷つくよ」
 説明しながら、「へりくつよ」とか「そんな、おおげさよ」とか、そんな風に一笑に付されるかと思っていたら、
「それ、ちゃんと言ったほうがいいよ」
 店主はまじめにあいづちを打ってくれた。彼女の真摯な姿勢に感動しながらも、私は素直な気持ちを口にする。
「えー?ダルい」
「まあ、ダルいよね」
 面倒くさい。難しい。照れくさい。しんどい。つまり、「ダルい」。
「でもさ、一応お母さんの誕生日プレゼント買う気にはなってるわけでしょ?渡すついでに言ったらいいじゃない。『私にも悪いところはあったから、そこはごめんなさい。けど、お母さんにああいう言い方されたら、こんな風に私は傷つくの』って」
「えー?」
「ま、とりあえず、プレゼント決めなよ」
「そうする」
 手頃な値段の商品を見ていると、気になるものが目に入った。それは付箋の形をしているブローチで、店主によると実際にサインペンで書き込みができるという。
「おもしろい!でもいっぺん書いちゃったら消せないよね」
「間違えたらおわりだよ」
 別に何も書かなくても可愛かったので、私はそれに決めた。殊勝な感じのものより、シャレが利いているほうが渡しやすいしさ。
 
 翌日は土曜日で、部活の練習に行く前にプレゼントを渡した。店主が言っていたとおり、私が傷ついたことをちゃんと話した。でもなんか変な気持ちになったので、上手くまとめられないまま、逃げるように家を出た。
 帰ってきて一休みしてると、母がアクセサリーケースを持ってきて、
「ジャーン」
 と効果音を口にしながら開けてみせた。私がプレゼントした付箋ブローチは、他のまじめなブローチと同じように並んでいて、そして書き込みがしてあった。
「文字書けるって言ってたから書いてみた」
「何この時間?」
 付箋には、いや、ブローチには、『8:47』と書いてあった。
「あんたが産まれた時刻よ」
「ああ、なんか、そういえば、前に聞いたような」
「あのね、今朝、あんたが傷ついたって言ってるの聞いて、お母さん反省したの。でもたぶん、これからもつい言っちゃうと思うの、『あんたにガッカリした』って。そしたらそれはすぐ怒っていいよ。お説教してるときでも言ってね。でね、これから先、お母さんの期待に、あんたが選ぶ道が、全然沿わないことがあると思うの。どの学校に行くか、どんな職業に就くか、どんな人をパートナーに選ぶのか。そしたらきっとまたケンカになるでしょ。でもね、どんなにケンカしてても、これだけは覚えていて欲しいの。お母さんは、あんたの人格を否定してるわけじゃないし、期待に沿わないからって嫌いになんてならないし、ましてや存在を認めないなんてことは絶対にないよ。お母さんも人間だからカッとなってあんたのこと憎いって思っちゃうこともある。そういうとき、このブローチを見て、あんたが産まれてきたときどんなに嬉しかったか思い出そうと思う。産まれてくる直前、ただ産まれてきてくれたらいい、命があればいい、高望みしません!って神様に祈ったこと、そういうことを思い出そうとがんばってみる。そのきっかけになればいいなって思って書いてみた」
 お母さんがこんなにまじめに私に話すのはいつぶりだろう。ビックリしたけど、きっと、今朝のお母さんもまじめな私にビックリしたのだ。
「ねえ、わかった?」
「うん、わかった。ありがとう。でさ、あのね、実は私、自分の分も同じブローチ買っちゃったから、お母さん、同じの書いてよ」
 母の書き文字も含めて、宝物になる予感がしている。

(おしまい)

ブローチおよび画像制作:もとり



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