以前書いたお話(4:四月は島本家の話)
こんにちは、返却期限です。
書いたお話を置いておく場所に困ったので、noteに置くことにしました。
これは、友人である、もとりさんが制作されたカレンダーのイラストに感化された私が、無謀にも1ヶ月1作のペースで、毎月のイラストをテーマにお話を書いたものの、4月分です。
今回出てくる方言は、特定はしませんがなんとなく西のことば、くらいのイメージです。
『四月は島本家の話』
「カラーやった!」
「いーや、モノクロだったわよ!」
母と父が、そう口論していたのが、幼い記憶の箱に入っている。
両親は遠距離恋愛を経験しており、当時は手紙のやりとりをもって、赤い糸を補強していた。その頃に母が手紙に添えた、一葉の絵ハガキがなぜか話題に上ったことがあった。
父曰く、カラー写真だった。
母曰く、モノクロ写真だった。
どちらも引かない。最終的には、
「わかったわかった、白黒やったんじゃろ」
「なんでそんなバカにした言い方するのよ!」
泣き出した母に、父も姉も私も参ってしまった。島本家のケンカは、だいたいこうやって幕を下ろす。
姉が嫁に行くので、二人で倉庫に入ってガサガサやっている。
「志織、これ見てみ」
呼ばれて、姉の手元を見ると、ひなげしのモノクロ写真がある。
「なん、これ」
「あんた、覚えとらんそ?母ちゃんと父ちゃんが昔、カラーやモノクロやモメたことあったん」
「あー!あれかね、これ」
泣いただけあって、母が正しかったのだ。
「いや、でもね、父ちゃんも、こりゃあカラーやと思うても仕方ないわ」
姉がハガキをひっくり返すと、母の字でなにやら書き付けられている。
ああ卯月/東京の野は/火の色す/君も雛罌粟/我も雛罌粟
与謝野晶子の句をもじった、燃え立つような情熱が、薄く繊細な花弁を真っ赤に染めたのだ。
持って帰って見せたら、今度は両親の顔が真っ赤に染まるだろう。
あーあ、はーずかし。
あーあ、かーわいい。
(おわり)
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