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以前書いたお話(14:弁天猫音布《べんてんねこおんぷ》)

 
 こんにちは、返却期限です。
 
 書いたお話を置いておく場所に困ったので、noteに置くことにしました。

 これは、友人である、もとりさんに、漢字一文字でお題3つを出してもらって書いたシリーズの1つ目です。

お題「紡」
『弁天猫音布(べんてんねこおんぷ)』


「ねえねえ、ペンテンさん、ペンテンさんってばよぅ」
 神社でニャアニャア言ってる野良猫が一匹。誰がつけたんだか、この辺りじゃあキィ公って呼ばれてる黄色い猫だ。
「なんだいなんだい、うるさいねえ。あんまりうるさいと三味線にしちまうよ」
 ずいぶんと口が悪いが、しょうがねえ。この神様は、弁天様のバッタもん、貧乏神よりゃいくらかマシな、その名もペンテンさんだい。ギタレレみたいな可愛らしい楽器抱えて、神社の隅っこの石の上で、ひねもす寝たり歌ったりして過ごしている。
「いっつもそんなこと言うんだペンテンさんは。あのねぇ、聞いておくれよ。近所の田端さん夫婦がよぅ、楽団入ってたって、ペンテンさん知ってたかい?」
「そんなもん知らないよ。弁天様じゃあるまいし」
「こないだ、ここの神社の前で、田端さん家の奥さんが立ち話してるの聞いたんだよ。田端さんとこ共働きだけど、仕事の合間に練習してるんだってさ。立ち話の相手がね、『趣味があるってうらやましいわねえ』って言ったら、田端さん家の奥さん、慌てて『ほら、うち、子どもがいないでしょ』って言うんだ。なんだかおかしくないかい?そんな言い訳しないと音楽やっちゃいけねぇのも変だし、なんか子どもがいないことにも言い訳してるみてぇだろ?人間って窮屈だよねぇ」
「窮屈なもんだよ人間は」
 ペンテンさんの楽器から、もの悲しいコードが聞こえてきた。
「でさ、本題はこっからなんだよ。田端さん夫婦の所属してる楽団がさ、今度の日曜、ふた駅先のホールで演奏会するんだって。テーマは『盆踊り』だっつう話さ」
 弦をつま弾くのを止めて、ペンテンさん、呆れ顔でこう言った。
「今、二月だよ?」
「そうなんだよ。田端さん家の奥さんも苦笑い」
「ま、フラカンみたいでいいかもね」
 愉快な音色がギタレレみたいなやつから流れてきて、キィ公の身体は勝手に踊り出す。
「田端さん夫婦さ、おィらに餌ぁ、くれるだろ。そりゃ去勢に連れてかれたときぁずいぶん恨んだよ。でもな、おかげでおィらぁ処分されずに済んでる。だから今ではそれも含めて感謝してるんだよ……って、ペンテンさんよぉ、ちょっといいかげん、楽器止めてくんないかな?踊るの疲れちまったよ」
「ああ、悪かったねこりゃ」
「ぜえ……ぜえ……はぁー。あのね、ペンテンさん、ひとつ頼みを聞いて欲しいんだ」
「なんだいなんだい言ってごらん。弁天様ほど立派じゃあないが、ワタシだって神様のハシクレだあ。猫の子一匹の願いくらい、叶えてやろうじゃないか」
 キィ公、それを聞いて、しっぽをピーン!と立てて喜んだ。
「ほんとかい?じゃあ言うけどね、その演奏会、おィらも聞きに行きたいんだ。だけども、猫の姿のままじゃあ、係の人に追ン出されちまう。だから、その時だけ人間の姿にして欲しいんだよ」
「なるほどなるほど。わかったよ。おまえはなんだかんだ言って、毎日神社にお参りに来る信心深い猫だ。叶えてやってもいいだろう」
「神主さんも餌ァくれるからだけどね」
「余計なことは言わなくていいよ」
「あと、ペンテンさんは神様だけど気安いから、おィらいっつも楽しいよ」
「そうかいそうかい。ワタシもおまえと喋ってると楽しいよ」
「口が悪いのが玉にきずだけどね」
「余計なこと言わなくていいんだよ!」
 はてさて、あっという間に日曜日がやってきた。そう、演奏会の本番だ。キィ公は金髪のとぼけた若者に姿を変えてもらい、ワクワクしながらホールに乗り込んだ。
 田端さん家の奥さんはクラリネット、旦那さんはユーフォニアムを吹いている。なんの曲だかキィ公にはよくわかんないが、二人とも、緊張はしているものの、ずいぶん楽しそうだ。クラリネットの穴のフタみたいなのがパカパカなって、ユーフォは人間の赤ん坊みたいにだっこされて、他にも色んな楽器が愉快な音を奏でている。
(いやァ……こりゃあペンテンさん、いや、弁天様もびっくりだァ)
 キィ公は本気で感動しとりますが、これ、ほんとはそんなに上手くはない。でも、華やかな楽器が紡ぎ出す音楽は、やがて一枚の布を織りなし、キラキラと輝きながら、キィ公の膝の上にふんわりと掛かった。
「大当たりィ!」
 ガランガラーン!と、くじ引きの鐘が鳴り、お客さんがワーっと拍手してくれた。
「や、どうもどうも……」
 キラキラでぬくぬくでふっかふかの不思議な布で、キィ公は顔を半分隠して照れた。
 ファンファーレみたいな音が鳴ったかと思うと、花火がドーンと上がって、お客さん、一斉に、
「たぁまやー!」
「にゃおーん!……っていけねぇ、おィら、たまじゃあねぇや。キィ公だ」
 あとは猫も杓子も、輪になって踊る踊る。
 さて、再び神社の前。
「おーい、キィ公。キィ公や。よしよし、無事に猫に戻って帰ってきたね。その、口にくわえている布はなんだい?」
 キィ公、布をぱっと放して顛末を語って聞かせた。
「へえ、そりゃ、不思議なこともあったもんだね」
「猫が人間になるんだもの、音楽が布くらい織るさ。この布、とってもポカポカするんだい。なんだか命があるみたいだよ。まだしばらく寒いから、おィらこれにくるまって寝るとするね。……あっそうだ」
 キィ公はペンテンさんの膝の上に布を掛けると、その中に丸まった。ペンテンさんは楽器を脇に置いてキィ公の頭を撫でてやりながら、ポツリ。
「夏には接触冷感の曲をやってもらわないとねえ」
 神社の隅っこの石の上には、すやすや眠る、猫一匹。
(おしまい)

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