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以前書いたお話(9:九月はクミ乃バアちゃんの話)

 こんにちは、返却期限です。
 
 書いたお話を置いておく場所に困ったので、noteに置くことにしました。

 これは、友人である、もとりさんが制作されたカレンダーのイラストに感化された私が、無謀にも1ヶ月1作のペースで、毎月のイラストをテーマにお話を書いたものの、9月分です。

『九月はクミ乃バアちゃんの話』

 その昔、「行取り」という職業があったのさ。
 ハンチングかぶって風呂敷しょって、その中には算盤と帳面と……あと何が入っていたのやら。行取りというと皆その格好でね。図書室に何日も通ってくるのさ。そのころ、小学校はもちろん木造校舎だったよ。何しに通ってくるのか、だって?だから、行を取りにだよ。
 あのね、昔は、学校がどれだけ「行」を持ってるか、年に一回役所に届けなきゃならなかったんだよ。「行」は「行」だよ、頁と行の、そう、ラインだよ。図書室やら職員室やら、とにかく所蔵している本が合計何行あるか数えるんだよ。それを、「行を取る」って言うの。
 そんなもん数えてどうすんだって?知らないヨ!お上が把握したかったんだろ。とにかく、バアちゃんが子供のころは、そういう決まりだったんだ。
 バアちゃん、女級長さんだったでしょ。だから、お役目が回ってきたことあったんだ。放課後、お茶を持って行くんだよ、行取りさんに。そりゃ、図書室だからこぼしちゃ大変だけど、その時ばかりは持って行ったのさ。
 パチパチパチパチ、算盤を弾く音がしててね、バアちゃんの胸もドキドキしたよ。扉をノックする前に深呼吸して。
 どうぞ、って言われて、入ったら、ずいぶんハンサムな行取りさんで、バアちゃんはあっと言う間に、リンゴみたいに赤くなっちゃった!なんだか恥ずかしくって、お茶を置いてすぐ出て行こうと思ったら、引き留められちゃってね。
「あなたの名前は何というのですか」
 だってサ!
「工藤クミ乃です」
 そうそう、バアちゃん、旧姓は工藤だからね。そう答えたら、
「では、クミ乃さん、そこへ座ってください」
 それから、行取りさんと他愛ない話をしばらくしていた。ま、息抜きにつきあわされたんだよ。行ばっかり数えてたら息が詰まっちゃうだろ?子供と話したくもなるさね。
 そうそう、その時期は図書室は使用禁止だから、バアちゃんと行取りさんは二人きりだった。話しているうちに、なんだか打ち解けてきて、リンゴはモモくらいになったね。顔色の話だよ!
 何を話したか、ひとつだけ覚えてるよ。お茶の話。その時分、もちろん持ってったお茶は緑茶だったけど、行取りさんは紅茶の話をしてくれたんだ。
 行取りやるような人はだいたいインテリだからね、イギリスで紅茶飲んだことあるって言ってたよ。しかも、いろんな種類を。どれがどんなだったって、あれこれ説明してくれるもんだから、バアちゃんは一生懸命想像したんだ。そのうち、
「どうにか、香りだけでもお裾分けしたい」
 そう言って、住所を聞かれた。今じゃ考えられないけどね、おおらかな時代だったから、バアちゃんも素直に教えたよ。
 しばらくして、バアちゃんが女学校に上がったころ、一通の手紙が届いた。行取りさんからだった。
 中には短いお手紙と、栞が一枚入っていた。栞には、なんとも言えない、いい匂いが染み込んでいたんだ。手紙を読んで分かったよ、これが紅茶の香りなんだってね。どうやってあんなにはっきりつけたんだろうか、ハテ。
 そう、バアちゃんは嗅いで、読んで、ドキドキして、またモモみたいな顔になってね。今じゃ干しガキみたいにシワシワだけどね、アッハッハ!
 ともかく、それが、バアちゃんの初恋の話。
 
「おばあちゃん、ダメですよ、嘘教えちゃあ!」

(おしまい)

イラスト:もとり


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