お題の話(お題:さざ波とカヌレ)

以下は、友人である、もとりさんに、「さざ波とカヌレ」というお題をいただいて書いたものです。

『菊さん桃さん』

(※作中に出てくる店や、その店の食べものに、特定のモデルはありません。また、作中のハッシュタグの記号は、発表媒体で機能しないように意図的に♯にしております。)

 数年前の彼女たちの話である。

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 雛菊さんと桃ノ木さんは、オフィスカジュアルな洋服に身を包んで、首から社員証をぶら下げて、受付カウンターに並んでいる。

 アラサーの二人は、とっても仲が良い。雛菊さんが桃ノ木さんの二歳上だが、桃ノ木さんのほうがしっかり者で気が強い。雛菊さんはお調子者でちょっと抜けている。そこが上手くいっているポイントだろう。
 二人は、担当は違えど同じアイドルグループを推していることもあり、よく雑談をし、飲みに行き、推し活で飛び回った。四泊五日で北海道を巡って帰ってきたとき、周りは「よくケンカせず過ごせたね」と心底感心した。
 雛菊さんはおいしいものを食べるのが好きで、桃ノ木さんは写真を撮るのが好きだ。雛菊さんは特に甘いものに目がなく、桃ノ木さんは特にインスタ映えしそうなものを探している。「こないだね、いい感じのお菓子見つけたんですよ」
 受付が暇になる時間帯、待ってましたと言わんばかりに、ニヤニヤと雛菊さんを肘でつつきながら、桃ノ木さんが話し出す。
「なんですかなんですか〜?」
 雛菊さんも、待ってましたと言わんばかりだ。
「『さざ波』って知ってます?」
「さざ波? えっ……このさざ波ですか?」
 なぜか雛菊さんがフラダンスのような手付きをした。それを見て桃ノ木さんが笑い出す。「いや、ひなぎくさんの仰ってるのが、どのさざ波なのかよくわかりませんけど……。あのね、カヌレのことです。正確には、カヌレとアイス」
 桃ノ木さんがインスタで見つけてきた、隣の県のかわいい洋菓子屋さんには、「さざ波」という名のスイーツがあるらしい。波打つカヌレの上半分には、優しい水色に着色されたチョコレートがとろりとかけられ、その上にまあるくバニラアイスが乗っている。てっぺんにちょこんと鎮座するミントの葉が涼しげなのだという。
「えーっ、見てみたいです。今話題なんですか?」
「そういうわけじゃなくて、たまたまインスタで見つけただけです。夏限定って書いてました」
「気になります」
「あとでお見せしますね。よさげだったら一緒に食べに行きませんか?」
「ぜひ!」
 仕事帰りに二人で駅前のファミレスに入り、桃ノ木さんがスマホをいじっていると、
「ねぇ、もものきさん、わたし、実は気になることがあって」
 そおっと雛菊さんが話し出す。
「ん? どしたんですか?」
「さざ波ってなんか不吉じゃないですか?」「不吉?」
「さざ波って、ほら、なんか、見てください、気になって調べたんですよ」
 雛菊さんがスマホのロックを解除して、辞書サイトのスクショを表示させる。
「ほら……さざ波って、不和とか小さな争いとかも意味するんですよ」
「へー……いや、そんな意味であのお菓子に名前つけたんじゃないでしょ」
「いやまぁそうだとは思うんですけどね、それだけじゃないんですよ」
 怪談でも話すかのように深刻ぶって話す雛菊さんが可笑しくて、桃ノ木さんは笑ってしまう。
「なんですか?」
「カヌレってね、ほら」
 またスクショである。今度はウィキペディアだ。
「溝のついた、って意味なんですって」
「ふーん」
「ふーんじゃないですよ! これは一大事じゃないですか?」
「え? 何がです?」
「わたしともものきさんでこの『さざ波』ってカヌレのお菓子を食べに行ったら、小さな争いから不和が起きて、二人の間に溝ができてしまいませんか?」
 それを聞いて桃ノ木さんはゲラゲラ笑いだした。
「いやね、わたしだって、まさか、まさかとは思いますよ? でもわたしはもものきさんとの友情を壊したくはないんですよ! もものきさんとの間に溝を作りたくはありません!」
「よく考えつきますね、そんな話」
 桃ノ木さんは呆れながら、「♯さざ波カヌレ」のタグのついた画像一覧を雛菊さんに見せる。涼やかな器に盛り付けられた甘味は、想像以上に輝いていた。
「うわ、おいしそう。えっ、これ値段ですか? 安過ぎませんか?」
「安いですよね。ちょっと辺鄙なところ、って言ったら悪いけど、都会にあるわけじゃないから土地代が安いんじゃないですか。どうしますか? なんか怪しいなら、やめときますか?」「いや、一緒に行きましょう! ぜひ!!」
 手のひらを返した雛菊さんの力強い言い方に、アッハッハと桃ノ木さんは笑う。
「友情は大丈夫なんですか?」
「だーいじょうぶですよ、わたしともものきさんの間にある強い絆がね、お菓子ごときでどうにかなるわけないじゃないですか」
「わかりませんよ、食べもの絡みの恨みは怖いですからね」
「もものきさんは結局、わたしと食べに行きたいんですか、行きたくないんですか」
「ひなぎくさんが行きたくないなら、あたし一人で行きます」
「行きたいです〜! 二人で行きましょうよ〜」
「はいはい、じゃあ、一緒に食べに行って、更に友情を深めるってことで」

 二人揃って有休が取れた日、幸い、ここ最近では一番、最高気温が低かった。雲がそこそこあって日差しを和らげてくれて、建物などの影に入って風が吹くとそこそこ涼しかった。とは言え、夏、真っ盛りである。
 待ち合わせしやすい駅の改札口に現れた二人は、オフィスカジュアルファッションではなかった。雛菊さんはシンプルでそっけない、よく言えば素朴なファッション。桃ノ木さんは、フリルが袖にもロングスカートの裾にもあしらわれていた。
「今日もお洋服すてきですね」
 桃ノ木さんの華やかな私服がよく似合っていたので、雛菊さんはテンションが上がってそう言った。ところが、桃ノ木さんは長い長いため息をこれみよがしに吐いてみせた。
「えーっ! どうしたんですか」
「いやね、こういうフリフリした服も、あと何年着れるかなって」
「なんでですか、いつまでも着ましょうよ」「今日のだって、全体的にアースカラーにして、色味だけはおとなしくしたんですよ」
「ほほー、なるほどなるほど? リップとネイルの色が際立ってて、これはこれでいい感じです」
「アースカラーか、あとはモノトーンかかぁ……はあ……」
「好きなもの好きに着て生きていきましょうよ〜! わたしはもものきさんのファッションライフを一生応援しますよ〜」
「また調子のいいこと言って〜。自分はいくつになっても着られそうな服着てるじゃないですか、ズルいですよ」
「いやわたしはね、いいんですよ、これが好きだから」
「はあーあ、ま、いっか」
「とにかく、改札入りましょうよ。いざゆかん!」

 乗り換えの都合上、途中の駅でずいぶん待つ。待合室の自動ドアが開くと、ひんやりとした冷気が二人を包んだ。ベンチはガラガラなので貸切同然だ。
「そういえば、最近、複合機から変な音しません?」
 少しだけ化粧直しをしながら、桃ノ木さんが職場の話題を出した。
「あ、しますします。あれでしょ、丸尾さんの席の後ろの、柱の裏側に置いてるやつ」
「それです。なんか、鳴き声みたいな音がしません? 排紙するとき、ガーッの後に、擦れる音みたいな」
「パラピリパラリピ♪みたいなやつでしょ?」
 桃ノ木さんは弾かれたように笑いだした。「え? 言ってません? パラピリパラリピ♪」
「言ってませんよ!」
「言ってますって! A4、モノクロ、両面、二十部、よし、スタート! ポチ! ガーッ……パラピリパラリピ♪」
「だからなんですかその、暴走族みたいな音」
「暴走族はパラリラパラリラでしょ! 違うんですよ! 聞いてください! 間違いなく、母音はア行が多いんです」
「いやあのね、そんな電子音みたいな音色じゃなくて、もっと、油が切れた古い機械っていうか、ギューッと擦れるような音じゃないですか」
「じゃあ、もものきさんならなんて表現しますか?」
「……ギュキキギュキキ♪」
 メロディは雛菊さんのと同じである。二人で大口を開けて笑う。
「そんな首が締まったみたいな音でしたか? ヤツの喉の奥は開いてましたよ」
「複合機の喉ってなんですか。ひなぎくさんはパリピだからパラピリとか言うんでしょ」
「光るスニーカーとか履いてませんよ!」
「そのパラピリっていうの、ひなぎくさんがコピー取るときだけ、丸尾さんが柱の裏から唱えてるんじゃないですか?」
「ヤバイじゃないですか!」
 複合機の鳴き声問題は、待合室に置き去りにされた。 

 目当ての店は分かりづらいところにあり、アプリを見ながらでも迷ってしまった。雛菊さんが、
「こっちですよ! 絶対!」
 と断言すると、桃ノ木さんは、
「ほんとですかあ〜?」
 とすぐ疑い、雛菊さんは、
「た、たぶん……」
 とすぐ弱気になるのだった。
 そんなこんなで店にたどり着き、ドアを押す。イートインは満席のようだった。テイクアウトすればいいか、とショーケースを覗いた瞬間、二人は同じことで衝撃を受けたが、あからさまには態度に出さず、「さざ波」を二つ注文した。カヌレとアイスが盛り付けられた紙カップを渡され、外のベンチが空いていれば、そこで食べて良いと言われた。この頃はまだ、中で食べることにしてもテイクアウトにしても、税率が同じだったから、細かいことは言われなかった。
 ベンチは影になっていて、犬の散歩中らしい人が休憩に座っていた。雛菊さんと桃ノ木さんが座ろうとすると、そそくさと立ち去っていった。犬が遊んでほしそうにいつまでもこちらを見ながらしっぽを振っていて可愛かった。
 桃ノ木さんが写真を撮りだしたので、
「な、何か手伝いましょうか?」
 雛菊さんは申し出たが、
「いえ、お気持ちだけで結構です」
 きっぱり断られてしまった。
 慣れた様子でさっさと撮り終える桃ノ木さん。
「早っ。もういいんですか?」
「あとはね、加工でなんとでもなります」
「ほんとうにいいんですか?」
 雛菊さんは、なんでもかんでも念を押しがちだ。
「早く食べないとアイスが溶けちゃいますよ」「ああっ! いただきまーす!」
 二人はアイス、カヌレ、と味を確かめて、「うん、おいしい」
「おいしいですね」
 と頷きあった。

 店からじゅうぶん離れたあたりで、桃ノ木さんは突然、堪えられなくなったように笑いだした。
「ど、どうしたんですか?」
「フフフ……いやね、さっき『さざ波』食べたじゃないですか」
「はい」
「ちっっっちゃくなかったですか?」
「ちっっっちゃかったです!!」
「ですよね!」
 桃ノ木さんが大笑いしている横で、雛菊さんは、
「よかった〜、思ってたのわたしだけじゃなくて。正直ね、もものきさんも、なんかよそよそしいっていうか、口数がいつもより明らかに減ってるな、これは同じことを思ってるんじゃないかな? と思ってはいたんですよ」
 解放されたようにペラペラ話し出す。
「ひなぎくさんも、一生懸命平静を装っていて可笑しかったです。必死で犬の話を膨らませてごまかそうとしてたでしょう」
「なんでわかったんですか?」
「わかりますよ!」
 ショーケースに並んでいるカヌレが、思ってたサイズの三分の一くらいだったので仰天した、アイスも球が小さすぎる、そういえば、インスタで見たときにミントの葉がやけに大きいと感じたが気のせいかと思った、あれでは安いどころか高い、と、二人は口々に言い合った。「紙カップもあれ、あんな、試飲みたいな小ささとは思わないじゃないですか!」
「試飲! まああれよりも平たいからよけいにね」
「店内の器もきっと小さいんでしょうね。写真がトリックアートみたいになってたんですよ。完全なる罠ですよ」
「インスタに上げるとき、『♯ヤバイほどちっちゃいから気をつけろ』ってつけてやろうかな」
「ダメですよ〜! わたし、単語じゃないハッシュタグ大嫌いだって言ったじゃないですか! 長ければ長いほど嫌いです!」
「ダメなポイントそこかよ! ……まあね、我々の確認が甘かったってことですよ。正直、店側に落ち度はないです」
「大情報化社会の弊害ってやつですね」
「なんですかその、『大情報化社会』って」
 なんだかんだで結局、おいしかったね、楽しかったね、と言い合って、持て余していた紙カップを駅のゴミ箱に捨てて帰った。

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 現在、雛菊さんと桃ノ木さんはどうしているのだろうか。
 相変わらず受付で並んでいるが、以前よりも二人の間に距離があり、無駄口をたたくことも少なくなった。
 あのカヌレの一件以降、何かちょっとしたことから小さな争いが起きて、深い溝ができてしまったのだろうか。パラピリの呪文が彼女たちを、パラパラのチャーハンのようにドライにして、ピリピリとした空気に包まれてしまったのだろうか。
 ご安心あれ、そうではない。
 桃ノ木さんが、カウンターの下で何やらこそこそとメモ用紙に書き込んで、黙ってスッと雛菊さんの手元に滑らす。
” 昨日発表されたアクスタ見ました? ”
 雛菊さんから返事が滑ってくる。
” 見ました!!! 激アツ案件じゃないですか??? ”
 桃ノ木さんがマスクの下で口角を上げる。
” ひなぎくさんならそう言うと思いました。 ”
 そう書き終えたとき、となりで雛菊さんが、マスク越しでも聞き取りやすい、仕事用の声を上げた。
「いらっしゃいませ」
 桃ノ木さんもさっと顔を上げて仕事モードに入る。
「そちらで検温と消毒、お願いいたします」 
 二人は本日も、おいしくて映える食べものを一緒にネットで探し求め、コンサート参加兼旅行に繰り出すタイミングを一緒にうかがっている。

(おしまい)


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