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『十年パンイチ』 #毎週ショートショートnote

十年前、小学生だった娘が良くない霊に取り憑かれた。
霊媒師が除霊を試みたところ、霊は娘の体から出ていったのだが、代わりにそのとき私が穿いていた、白いブリーフに封印された。
「理由などない。それが心霊です。」
霊媒師は言った。


それ以来、私が白ブリーフ以外の衣服を身につけようとすると、娘に異変が起きるようになった。体調を崩したり、交通事故に遭いそうになったり、その他もろもろ。
「理由などない。それが心霊です。」
霊媒師は言った。

白ブリーフを捨てたり、色つきのパンツを穿いたりしたらどんな禍が娘に降りかかるのか。私にはパンイチで生きていくという選択肢しか残されていなかった。


除霊後、霊の記憶をなくした様子の娘に私は何も話さないことに決めた。もう、怖い思いはさせたくない。
娘の目には、突然白ブリーフ一枚で過ごすようになった、変態な父親として映っている。


当然ながら年を追うごとに私と娘の会話は無くなり、思春期になると「生理的に無理」の目を向けられるようになった。
私は隠れるように、二階の自室に閉じこもって過ごすようになった。

私の人生はこのまま終わるだろう。
だが後悔はない。
娘が、幸せに、無事に生きていけるのならそれでいい。


ある冬の朝、私の部屋のドアを微かにノックする音が聞こえた。
覗くように少しだけ開けると、
娘が立っていた。


「、、、、、見たいかと思って。」

沈黙の後ぶっきらぼうに言った娘は、振袖を着ていた。


鮮やかな赤い振袖、美容院でセットした華やかな髪型、可愛らしいファー。
慣れない足袋を履いた足で、おずおずと一周回り、振袖姿を見せてくれた。

「、、、、、ごめんね、ありがと、じゃ。」

それだけ言うと、歩きづらい振袖で一段一段ぎこちなく階段を降りていった。


私はぱたんとドアを閉め、背中で寄りかかる。
理由も分からぬ涙が、次から次へと溢れてきた。
でも、私にはそれを拭う袖は無い。

十年分の涙は頬、胸、腹を伝って、白いブリーフに染み込んでいった。







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