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【短編小説】保健室のチャップス(前編)

お母さんは『ざざっ』
お父さんは『ぎりっ』
お向かいのおばさんは『ざりざり』
すれ違ったお姉さんは、『びりびり』


校門の前に立つ先生は『ごわごわ』
廊下にいた1年生は、『がさっ』
階段を登る隣のクラスの子は、『ぞぞぞぞ』
教室の引き戸を開けた途端、
『がわがわがわがわごそごそごそジリジリざらざらぞりぞりぞりぞわぞわぞわ、、、、、』


ああ。
みんなの「心の衣擦れ」の音が聴こえてきて、
せかいは今日もうるさい。

私はいつも音酔いする。耳の穴にセメントを流し込み、外側からも塗り固めたい気分になる。



「山口さん、おはよ!」
クラスの学級委員長的なポジションの子が近づいてきた。彼女はいつも笑顔で、誰にでも分け隔てなく声を掛ける。今だって、ひまわりの花に視力があったら眩しがるだろうと思えるような笑顔だ。


「ねえねえ、総合のグループ発表の内容、考えてみた??私も何個か案、考えてきたからさ!あとで話そ!」


『ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ
ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ』


彼女が話している間中、今日イチの音量で衣擦れの音が聴こえていた。
私の心臓はドキンドキンと大きく鳴った。


やっぱりこの子は、私の事が嫌いなんだ。


英語の先生が教室に入ってきて、彼女は笑顔で小さく手を振りながら自分の席に戻って行った。


彼女の衣擦れの音を発端に、ボリュームのつまみが、壊れた。


『がわがわがわがわごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごそごそごそジリジリざらざらぞりぞりぞりぞわぞわぞわがわがわがわがわごそごそごそジリジリざらざらぞりぞりぞりぞわぞわぞわごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、がわがわがわがわごそごそごそジリジリざらざらぞりぞりぞりぞわぞわぞわごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、がわがわがわがわごそごそごそジリジリざらごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ごわあっ、ざらぞりぞりぞりぞわぞわぞわがわがわがわがわごそごそごそジリジリざらざらぞりぞりぞりぞわぞわぞわ、、、、、、、、、』



私の呼吸は明らかに浅くなった。深く吸おうとするがうまくいかない。そのうち、視界が白い光でチカチカしてきた。
やばい、このままじゃやばい。
呼吸がどんどん浅くなる。肩と膝がきゅうっと縮こまる。

やばいやばいやばい、今日はやばい。
息が苦しい。


「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
感情のない叫び声が聞こえて、不意に窓の外を見てしまった。


セーラー服を着た女子生徒が上から落ちて来た。私と目が合う。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」


どしゃんっ!


という大きな音がして、私は息が詰まる。

私の他には誰も気づいていない。
英語の授業はいつも通りに進んでいく。
これは私の幻覚なんだ、幻覚なんだ、幻覚なんだ。
胸を掴んで必死に息を整えようとする。



「あーーーーー」「あーーーーーーーー」「あーーーーー」「あーーー」「あーーーーーーー」
何人も、何人も、女子生徒が上から降ってくる。全員私の目を見ながら落っこちていく。


あ。
私は気づいた。
上から落ちてくる女子生徒は全員、私だ。

何人もの私が落っこちて来て、地面に叩きつけられている。


どしゃんっ!あーーーーーーどしゃんどしゃんあーーーーどしゃんあーーーーーーどしゃんどしゃんどしゃんあーーーーーー・・・・・



私は
白目を剥いて、教室の床に転がった。




気づいたら、私は保健室のベッドの中にいた。

どれくらい気を失っていたのだろう。
今何時間目かな。
恥ずかしいから、今日はもう教室に戻りたくない。

硬い、白い掛け布団を半分に折り畳み、靴を履いてカーテンを開けた。




日当たりの良い保健室は、とても静かだった。


衣擦れの音も聞こえない。
私以外、誰もいないんだ。




きいっ、
と椅子が回転する音がして私は飛び上がった。



「よ。」

先生用の椅子の上にあぐらをかいて座っている人が、小さく手を上げて挨拶してきた。 
口から白い棒が飛び出ている。

その人は、保健の先生のような白衣を纏っていたが、中には骸骨やら内臓やらグロテスクなものばっかり描かれている黒いTシャツを着ていた。


黒髪はサイドと襟足が短く刈り込まれていて、ピアスの穴だらけの両耳が丸見えになっている。

ぱっと見は小学校高学年の男の子のようにも見えるし、2、30代の女の人にも見えるし、
若い、小柄な男の人にも見えた。


こんな先生、いたっけ??


私のはてなには気にも止めず、その人はおいでおいでと手を振って私を呼ぶと、
「食べる?」
と聞いてきた。

お店で見るような、チュッパチャップスのスタンドを私に向ける。
「は、、、はあ、、、。」


断る理由も見当たらず、私はおずおずと
一本を選び、スタンドから抜き取った。



(後編に続く)

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