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短編小説 『思い』


おーーーい!
私、死にました!


いつだったか、もう思い出せないけど、
私、自分で、死んだんですよーーー。


すっごい、苦しかったんですー。
両親は早くに死んじゃって、
祖父母に育てられたんですけど、
全っ然、同級生と話が合わなかったんですよね〜。


多分、発達障害とかも、今になって思えばあったのかも。
とにかく、生きるってしんどくて、


で、死んじゃった。
薬飲んだり、手首切ったりしたけど、
結局ベタに、首吊って死んじゃった。


78億分の1のちっぽけな人間なんだけど。


おーーい、

私、生きて、生きて、


そして、死んじゃった。
ほんとに、演技とかじゃなくて、苦しかったんです。



甘えとか、弱いとか、何を言われても、
もう全然傷つきません。


とにかく、楽になる方法がこれしかなくて、
死んだんです。


誰か、
聞いて、

くれるかな?



私の話、誰かに届くことはあるのかな??



自分の思いが誰かに届くかと思って人が多い場所に来た。



渋谷のスクランブル交差点で
来る日も来る日も叫び続けた。


サラリーマン、老人、大学生、赤ちゃん、パーティーピーポー、、、。


誰とも目が合わなかったけど、でももう、この方法しかない。




死んでても、私は疲れ切っていて、
この場所で思いを叫ぶ以外、方法が思いつかなかった。



おーーい、私、死んだんですよー。

苦しくて、苦しくて、死んだんですよーーー。

おーーい、おいおーーーい。



「それは、大変でしたね、辛かったでしょう。」


!!??


クロスした横断歩道の真ん中で、突然歩みを止めた男の人が言った。
30代、だろうか、サラリーマン??にしてはスーツを着ていない。


深緑色のロングコートを着た男の人が、間違いなく私の目を見て話しかけてくる。



「ええと、私の声が、聞こえますか?」
「聞こえていますよ。」
「本当に?」
「僕は、嘘はつきません。」


彼は、逃げも叫びもしなかった。


私の話を静かに聞いた。
どういう人間だったのか、何が苦しかったのか、死を選ぼうと思った決定的なきっかけがなんだったのか、少しも私の邪魔をせず静かに聞いていた。


不思議とその間は信号が変わらず、どの車も歩行者も動き出さなかった。


「一人で、よく、頑張ったね。」
静かな声で彼は言った。



「結果的に死を選んでしまったけれど、別にそれは悪いことじゃないと思う。


君が生まれて、生きてきた、その事実はきっと予想もしない誰かの力になることもあると思うんだ。



ありがとう、生まれてきてくれて。


あとはもう、本当に好きな時に、
楽になればいいと思う。」



びっくりした。

たった一人、それだけで、良かったんだ。

たった一人が、話を聞いてくれただけで、
私の魂は救われた。


一日、最大50万人が行き来する、渋谷のスクランブル交差点で、たった一人が私の思いを理解してくれたのだ。



私のもともと半透明だった体は、足の爪先から金色の粒子を纏いながら、薄く消えていった。


徐々に、徐々に頭に向かって消えていく。


かろうじてまだ口が残っていたので、深緑コートの彼に、最後に声をかけた。




「ありがとう。」

「こちらこそ。」

彼はうっすらと微笑みながら言った。



私はとうとう頭の先のアホ毛まで金色粒子に囲まれて、そして消えて無くなった。


色々あったけど、最期に彼と出会えたおかげで、いい人生だったと思う。





僕は、絶望的な気分で街を歩いていた。


目的地などどこにもない。朝起きてすぐに酒を飲んだ。
おぼつかない足取りを叱ってくれる人間は、僕の周りには一人もいない。



仕事はできた。
人には好かれなかった。

昔からそうだ。


若ければ経験不足としてある程度許されていたことも、30を過ぎるとただただ人の鼻につく性格の悪さとして捉えられた。

少しも悪意はなかったが、
僕には人の中で生きていく、という能力が昔から欠けていた。


居心地が悪くなり、自主退職した。

新たな職を探すにしても、人と関わることから逃れることはできなかった。


貯金を切り崩す生活も終わりが見えてきた。

もういいか。

頑張っても上手くいかないのなら、
もはや生きていないほうがよっぽどコスパがいいじゃないか。


とりあえず、部屋着のスウェットの上に深緑色のコートを羽織る。
そして、死ぬ場所を探して街を徘徊することにした。


当てもなく歩いて歩いて歩いた。
気まぐれで電車にも乗った。


気づいたら渋谷に来ていた。

別に思い入れも何もない。
あわよくば赤信号で飛び出して、トラックにでも轢かれてしまおう。

そんなことを思っていたら、
横断歩道の真ん中で、喉に青筋を立てながら何かを叫んでいる女の子がいた。

半透明で向こうの信号待ちの人々が透けて見える。
生きている人間じゃない。
なんとなくそう思った。


彼女の必死の叫びを聞いて、他人事とは思えなかった。
今すぐにでも自分は、彼女と同じ半透明の存在になっても不思議はなかったのだから。


彼女に言った言葉は、気づいたらそっくりそのまま、自分自身に対して言っていた。


彼女は僕みたいな存在に出会えて、良かったと言った。満たされて消えていった。



僕はまだ、そんな経験をしたことがない。
誰かに共感してもらったり、認められたり、そんな言葉をかけてもらったことがない。


このまま、死んでしまっていいのか?
まだ、理解してくれる誰かに出会うチャンスがあるんじゃないのか?



彼女のように、不器用に、喉に青筋を立てて、自分の思いを表現しなくては。


絶望するのはまだ早い。
僕はまだ、何一つ、自分の思いを誰かに伝えていないじゃないか。



僕は家に向かって、来た道を戻り始める。
歩いてる間に酔いはすっかり覚めた。

僕の話を聞いてくれる人を探すために、思いを発信しよう。
し続けよう。


この先の人生に、なんのビジョンも確証も無かったけど、とりあえず、今すぐ死ぬのはやめておいた。


どんな方法でもいい、僕の思いを発信しよう。

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