車のエンジンが止まった、最高の1日
1つ前の記事で書いた8年ぶりの初詣の帰り道。車のエンジンが走行中に切れて止まった。
もうあと5分で家に着くという所で起きた、予想外のハプニングだ。
原因は、オルタネーターのベルトが切れたことでバッテリーが充電されずエンジンが動かなくなったことだった。
夕方5時。帰り道のラッシュで片側一車線の狭い道路でそれは起きた。幸い、信号待ちになると思いブレーキを踏んだところで点かなくなったので事故には至らなかった。
僕はこういう経験が無かった。何からすればいいかわからず、「くっそ、何だよ」とイライラした独り言を放つが、頭はパニック状態だった。
まず何をすればいいかわからず、車のサポートサービスを呼ぶことにした。まずその人が原因、対処法を出してくれ、牽引にするかレッカーを手配するかしてくれるらしい。
到着まで、1時間かかると言われた。
その間、僕はそこを通るおおよそ200台を超える車の運転手たちに睨まれながら、すみませんと頭を下げていた。
あと冬の17時は冷える。厳しい時間だった。
段々と、いつになったら来るのかと苛立ち、起きてしまったことが悲しくなり、とにかく辛い1時間だった。途方に暮れていた。
ある時、後ろから声がした。
「大丈夫ですかー!!」30歳前後の男の人だった。よく見ると後ろに婚約者と思われる女性も立っている。
「エンジン切れちゃったんですか??ハザードも点かないって事はバッテリーですか??」
男性は、そうなんですと困り果てた声色の僕と更に距離を詰める。
「そしたら、僕と妻と3人で一旦横のパーキング入れちゃいますか!押しますよ!」
人間の優しさというものに、新鮮に触れ合ったのはいつぶりだろうかと自問自答していた。仕事柄、人と触れ合う事が多いがそこで貰う優しさとは全く別種のものだった。間にお金など生まない、新鮮な感覚に少し酔いしれていたかもしれない。
「あ、もうそろそろレッカーとか来るんですね!僕ら家そこなんで、なんかあったらいつでもインターホン押して下さい!力になります!」
そういうと男性は一礼して家に入っていった。婚約者の方も入られた後に、窓に明かりが点いた。
10数分後にサポートサービスの方がやって来た。僕は気付けばこの人をおじさんと呼ぶことになる。
おじさんは車をパーキングに押して入れると、原因を調べた。
「お兄ちゃんコレ見て、ベルト切れてるわ」
本当に、ボンネット内のベルトが切れていた。
おじさんはパーキング内なのに構わずタバコを取り出すと、火を付け紫煙を吐きながら言う。
「こりゃエンジン切れちゃうなー、最近いつ点検した??」
聞かれたので2週間前ほどに某ガソスタでしてもらった点検と払ったお金の見積もりを見せるとおじさんは笑う。
「なんだよこれ?!?!お兄ちゃんぼったくられてんぞ!!」
ぼったくられてようが無かろうが実はどうでもいいのだが、僕はもうこのおじさんの事が好きになっていた。すごく信用が出来る人だなと直感した。崩した言葉で話してくるし、客の目の前で普通にタバコ吸うが、それでも仕事はきっちりとやり遂げる。そんな「当たり前」みたいなのに囚われない人が、僕は基本的に好きだ。
おじさんのその後の舵取りも完璧だった。どうすればこの後いいのか、どっちの方が安くなるのか、牽引されている時はどうブレーキとハンドルを切ればいいのか、全て、ほとんどタメ口に近い状態だったがそこも好感をもてたし、何より的確な指示をくれた。
おじさんは、不安で潰されそうなその時の僕にはとてつもない程の味方だった。心強かった。
おじさんの会社への見積もりも貰い、結構な出費だったが、迷わず払った。
「今日来たのが俺でよかったよ、うちの他のしゃいんのやつらみんなレッカー乗せて、はいお金払ってーってテキトーだからよ。多分、他のやつなら倍取られてたぜ兄ちゃん」
この人になら騙されてもいいと思ったし、とにかく信用していた。
「んじゃ車も預けたし、後は家まで送ってくよ。乗って!」
おじさんの車の助手席に乗せてもらい、家まで10分程度だったが色々な話をした。
「いーや兄ちゃん、まじでガソスタの点検はやられちゃってるわ。うちのさっきの見積書に電話番号書いてあるから、車の事でなんかあったらいつでも掛けてきなよ」
「俺板橋で住んでるんだよ。えっ!?!兄ちゃん前上板橋住んでたの?!?何年前?!」
「何やってる人なの兄ちゃん?…へー、お好み焼き屋の店長か!今度こっち来た時行くから名刺ちょうだいよ!」
「え!つか兄ちゃん青森出身なの?!訛ってないね!!俺仙台だから兄ちゃんと気が合うんだろうな、お互い東北もん同士でよ!」
家に着くのが惜しかった。もう少し、このおじさんと話してみたいと思った。最後の別れの時、おじさんは「んじゃ今日はありがとうございました。車内から挨拶で失礼します!」と最後の最後は丁寧な挨拶で締めくくった。
家に着いて思った。多額の出費、多くの時間を使ってしまい、明日から2週間は自転車で出勤となる。良いことはひとつも無い。と、以前の自分ならここから病む夜中がやって来ていた。
でも今日は違った。なんていい1日なんだと思った。冒険をしてきた気分だった。大きな物を得た。
車を押してパーキングに入れるかと聞いてくれた旦那さん、遠くで見守る奥さん。
気さくで、フレンドリーさを兼ね備えながらも仕事はきっちりとこなすおじさん。
3人との出会いが、今日した旅の貰い物だった。
あんな素敵な人達がいる世界なら、親切を払ってくれる人達がいる世界なら、まだまだ捨てたもんじゃないなって、そう思った。
あなたたちのような人間に、なりたいと思った。
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