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「佐藤」姓

 エイプリルフールの1日(2024年4月)に合わせて、東北大学高齢経済社会研究センター長の吉田浩教授が、選択的夫婦別姓を導入しないままだと、約500年後には全員が「佐藤」姓になるという試算を発表しました。

 ええっ。結婚して同じ姓にすると、ひとつの姓が「消える」。こうして日本の姓の多様性は失われていっている現在ですが、約1.5%と日本一のシェアを誇る”優姓”の「佐藤」姓はこの1年間で1.0083倍になったそうです。そして、そのシェアが100%になるのが500年後というのです。

 さっそく計算してみました。乱暴な式にすると、

 

0.015*(1.0083)^500

となります。答えは0.935で、1にはならない。この式だと、1を超えるのには508年かかりますが、まあ誤差の範囲でしょう。なるほどー。
 …おっと、記事が言うには、全員が佐藤姓になるのは2531年だから、あ、ちょうど508年後で合ってるじゃないか。(苦笑)

 さて、このアルゴリズムは正しいのでしょうか。私は疑問に思いました

 なぜなら、「佐藤」に次ぐシェアである「鈴木」もおそらく、増加していると推定されるからです。鈴木さんの人数は佐藤さんより少ないといっても、かなり匹敵していて、1.4%ほどと見られる”優姓”です。また、吉田先生が「佐藤姓のシェアの1年間の増加率を1.0083」とした根拠はよくわかりませんが、今はまだ佐藤と並んでシェアは増加の段階だと思えます。なので、1.0083にシェアの差だけ減じて、「鈴木姓の1年間の増加率を1.0077」とします。ちょっと乱暴ですね。でも、ようは1以上ならなんでもいいんです。

 で、同じ式で計算してみましょう。

0.014*(1.0077)^x≧1


xは557になります。つまり、「557年後には全員が鈴木姓になる」と言えるんです。

 とはいえ、佐藤が鈴木より50年ほど早いので、鈴木が全国を制圧する前に鈴木は佐藤に淘汰されて敗れてしまうのか。そう考えれば、吉田先生のアルゴリズムは正しいんでしょうか。どうなんでしょう。わかりません。

 ところで、この記事を見たとき、とっさに「名字由来net」で、鈴木姓の増加率を割り出して、反論できないかと考えて、wayback machineも使って、過去10年ほどの佐藤人口、鈴木人口の推移というのを拾っていきました。名字由来netは2012までさかのぼることができました。

 ところがどっこい! 2014年までは年が変わっても人口数に変化がありません。2015年に劇的に減少し、それから「佐藤」も「鈴木」も漸減しています。まあ、それは仕方がない。日本の人口は2011年から完全に減少傾向に転じていますから。佐藤だって鈴木だって減っていてもおかしくはないですよね。名字由来netも、そんなメンテナンスを始めたのでしょう。しかし、「佐藤」「鈴木」の絶対数は減少しても、シェアは高まっていると思われるのは、上述した通りです。

 続ところがどっこい!! その数字は、どうも日本の総人口の減少に比例させて「佐藤」「鈴木」も減少させているようなんです。というわけで、名字由来netでは2015年以降も、「佐藤」「鈴木」ともシェアは高まっていません。「鈴木」のシェアはずっと1.42%、「佐藤」にいたっては1.49%から1.47%にシェアを下げています。どちらにしてもトートロジー(同語反復)みたいなもので、ここを参考にしてシェアを割り出しても意味がありません。

 というわけで、名字由来netを使った検証はできなかったのです。

 続々ところがどっこい!!
 吉田先生は発表のレジメを残してくれていたのです。

chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://think-name.jp/assets/pdf/Sato_estimation_yoshida_hiroshi.pdf

https://think-name.jp/assets/pdf/Sato_estimation_yoshida_hiroshi.pdf

 これによると、吉田先生が「佐藤」姓の人口動態の参考にしたのは、なんと名字由来netなんです。えええっ!!


 そして、レジメは言います。

佐藤姓の占有率x(t)は2013年の1.480%から2023年の1.530%と、10余年で0.05%ポイント伸びていることがわかる。最近時点の最近時点の2022年と2023年のデータから計算すると、佐藤姓占有率の伸びρは(1+ρ)=1.0083という結果が得られた。(重複はママ)

どこを見たら「わかる」んじゃ?

 これ、記述を読む限り、すべてのデータを名字由来netに負っているようなんです。わたしが調べたこととまったく整合性がとれません。
 ちなみに、以下がわたしが拾った名字由来netのデータです。総人口は人口動態調査からです。



佐藤さん  千人 %      鈴木さん 千人 % 総人口 万人
2013   2055 1.61     1799       12741
2014   2055  1.61     1799       12723
2015   1893    1.48     1802       12709
2016   1894    1.49     1809       12704
2017   1887    1.49     1806       12691
2018   1880    1.48     1802  1.42    12674
2019   1871    1.48     1797  1.42    12655
2020   1862    1.48     1791  1.42    12614
2021   1853    1.48     1786  1.42    12550
2022   1842    1.47     1778  1.42    12494
2023   1830    1.47     1769  1.42    12435

※シェアは、吉田先生は、2022年から23年に1.0083倍になったということなので、もっと下のケタまで計算してみようとも思ったのですが、本データでは佐藤姓シェアが減少になっていることを確認した瞬間、計算しても無意味だと思ってやめました。鈴木姓のシェアが抜けているのも同じ理由。

 どうしても、吉田先生の言う「1.0083」を見つけることができません。
 それに、出典不明ながら、


佐藤姓の占有率x(t)は2013年の1.480%から2023年の1.530%と、10余年で0.05%ポイント伸びていることがわかる。

どこを見れば「わかる」んじゃ?

と言っています。ここから占有率の年毎の平均増加率が計算できますね。1.0033です。この10年間の平均を使ったほうが、最後の年の1年だけの1.0083を使うよりずっといいんじゃないのかなあ。なぜでしょうね。1.0033で計算してみましょう。


0.015*(1.0033)^500=0.0779


 うわあ!! なんてこった!! 500年たっても佐藤のシェアは8%にしかならないじゃないか!! これじゃ記者さんを集めて発表してもインパクトがないよう!!(笑)

 ちなみに、1.0033で計算すると、佐藤さんが全国制覇をするのに必要な時間は、1275年後になります。これじゃ記者さんを集めて発表してもインパクトがないよう!!(笑)

 また、吉田先生は、2022年「人口動態統計」を出所として、こんな表を載せています。



 そして、


①~④の各ケースの内訳を苗字別に知ることは難しいが、ある年の佐藤姓に関する各ケースの総合的な増減は、結果として翌年の佐藤姓数に反映されていると考えられる。したがって、以下では毎年の佐藤姓の数を追跡してゆけばよいことになる。

と述べるんです。この意味がさっぱりわかりません。結婚の16.7%が赤字になっているのも、どういう意味でしょうか。ところが、わが心のない爱読紙の岡林佐和記者は、


公表データなどを元に結婚や離婚、出生、死亡といった増減要因による佐藤姓の変化をみたところ…


と記事にしています。いやあ、岡林記者はわかったんですかねえ。先生ご自が〈各ケースの内訳を苗字別に知ることは難しい〉と言っているのに、スゴイですね。

 キリがないので、まとめます。

1)2022年から2023年にかけて、佐藤姓の人口シェアが1.0083倍となった出典が不明。
2)2013年から2023年にかけて、佐藤姓の人口シェアが1.480%から1.530%となった出典も不明。

 そして、なにより声を大にして言いたい。じゃない、聞きたい!!

 わたしの提示した「557年後には全員が鈴木姓になる」は、吉田先生のアルゴリズムに則っているのだから、正しいのか?  そもそも、吉田先生のアルゴリズムは正しいのか?

 だれか教えてください!!



※なお、名字由来netは〈日本の全人口の 99.04%以上の名字を網羅しているとする〉らしく、吉田先生は総人口に0.9904を乗ずるような小細工、おっとギミック、違う、ていねいなお仕事ぶりをアピールしています。ここでは、無視しました。根本的な「1.0083」の算出理由が不明な前では、どうでもいい数字ですから。


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