大人とは飲み込むものが大きくなっていくこと

　弊社では報奨金を受け渡す際に上司と面談するっていう、文化というか習慣があるんでこの前面談したんですよ。
　まあ正直僕自身は特に可もなく不可もなくって感じで生きていくのを心がけているので、小言をクドクド言われたり怒鳴り散らされたりみたいなことはまずないんで（そもそも怒鳴り散らされている人は見たことはない）、適当に相槌打ってお金もらうイベントくらいの気持ちで臨んでいるわけです。
　でまあ会議室に呼び出されて適当に話していると、会話の流れの中で「でもへるぷ君はあれだよね。もう少し早く出社したほうがいいんじゃない？」って言われまして。

　……はぁ？
　……はああああ？
　いやいやいや、てめえ何都合のいいこと言ってんだてめえよオイ。こちとら始業15分前には会社にいるわけですよ。9時始業の8時45分には会社にいるようにはしてるんですわ。なあオイ。それより早く来いってか？あ？早く来てどうなんの？さっさと仕事始めるのか？そんなことして帰り早くなってるやつ見たことないがマジで言ってんのか？あ？

　ってな感じでどう返したものか考えてると、「一応上司より早く来たほうがいいんじゃない？俺も昔そう言われてたし」ってな感じで会話を進める。
　ハイ、悪習そのまま後世に伝えるバカ発見。てめえみたいな自分がやられたことを伝統のように後世に伝えるの、あまりにも考え無しで見通し悪すぎなので目が前についているか確認させてください。ついてますね。おかしいですね。
　こういう人間がいるからいつまで経っても時代に合わず古臭い文化が消えねえんだよ。完全に年功序列で老後もきっちり面倒見てくれるってなら古くせえ悪習もまあ飲み込んでやるけど、現時点でそんな見込み無さそうなので飲み込み必要なし。吐き出せ吐き出せ。
　っていうか部下を自分より早く出社させたいならてめえがまず遅く来い。何30分前には会社にいんだよ。遅く来る努力してくれれば俺だって早く来る努力するわ。というかてめえ以外のもうひとりの上司に至っては始業1時間前には出社してるじゃねえか。そこから改善せんと部下たち全員えげつない時間に出社させられんのわかってる？なんですか？早く来てお茶でも汲みましょうか？あ？
　そもそも残業代すらまともに支払ってねえのに早く出社させんの、ムリムリの無理ってことわからんの？プライベートのすべてを会社に捧げてる愛社精神あふれる社畜マンに見えますか？正義のヒーロー、光の残業戦士「社畜マン」に見えますかって話だよ。身も心も会社に一切捧げてねえのに俺の時間をなんで貴様にホイホイやらなきゃならんのだ。

　でも、でもですよ。現状を確認してみてください。
　今会議室に上司と面談中。面談のタイミングは報奨金の支給。
　わかりますか？今上司の手には俺に渡される報奨金の封筒が握られているのだ。中にいくら入っているかはわからんが、それでも栄誉ある資本主義奴隷の一員としてはこいつに対して頭を下げてへえへえ言うしかないのだ。
　ああ、人間ってのはなんて無力。どんなに怒り狂ってようが、この世の理不尽に嘆いてようが、金というただその価値を盲信してる紙切れにこうも人心を支配されるものか。
　悲しい。悲しいよ俺は。こんなもので行動も制限され気持ちも動かされるんだから。
　さっきまで「は？こいつ何ナマ言ってんの？てめえのお気持ち一つのためになーんでこっちの時間を捧げにゃならんのだ。帰った帰った」ぐらい息巻いていたのにお金の前になるともう頭下げて靴舐める勢いよ。別に労働に対しての正当な報酬だから胸張っていいとは思うけども。

　という怒りと諂いが入り混じった末、とりあえず「は、はぁ……」とだけ返事して終わらせました。大人になったな、俺。