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事業保障の本質とは?



私はなぜこの仕事をしているのか?

私の仕事は保険会社や保険代理店の方向けに法人保険に関する研修や勉強会、教育カリキュラムの作成などをしております。なぜこの仕事をしているのか?を職業観と呼んでおりますが、こちらについて最初にお話し致します。

法人保険の本質は「事業保障」です。経営者もしくはキーマンに万一の事があったときに、残された方々を守ること。

保険募集人の皆様の使命であるとも言えます。私は新卒で金融機関に就職しました。2年目の時に法人営業を任せてもらう事になりましたが、当時担当したある経営者の事を忘れる事ができません。その経営者は、当時46歳で従業員30名を抱える会社を経営していました。

しかし突然の病にかかり、この世を去ることになりました。その後、社員が事業を引き継ぐ事になりましたが、事業を引き継いでから3年後に会社が倒産。倒産した原因は、社長が亡くなり顧客が離れてしまったこと。そして事業保障対策を全く行っていなかった事です。(法人で生命保険に加入していなかったという事です)

この会社で勤めていた従業員の方からは「どこか働く場所を紹介してもらえないか?」と相談を受けました。中小企業1つが倒産することが多大な影響を与えることを身に染みて感じたのです。こんな経験をしたからこそ、世の中の中小企業経営者には事業保障対策の必要性を十分に理解してもらい、万一の際にも残された方々を守ってもらいたいと心から思っています。そして保険募集人の皆様には中小企業経営者の方に対して「事業保障対策の必要性」を伝えていただきたいと思っています。

所有と経営の「分離」と「一致」

しかし「保険」はどうしても経営者にとって「重要度」は高いものの、「緊急度」が低くなりがちで、経営者は「保険」の事を四六時中考えているわけではありません。そんな経営者にどのように「事業保障対策の必要性」を伝えればよいのでしょうか。その際に皆様にぜひ覚えておいてもらいたい「所有と経営の分離」・「所有と経営の一致」という言葉があります。
 
ここでの「所有」は「株式の所有」を指し、「経営」は、経営者として会社を「経営」するという事です。「所有と経営の分離」とは、株主を保有している株主と経営者が分離しているという事です。株式を一般の方でも売買可能な上場企業などは「所有と経営の分離」に当てはまります。ただ中小企業の場合は、一般的には所有と経営が「一致」していることが多いです。つまり「所有と経営の一致」が当てはまるわけです。(もちろん全ての中小企業が当てはまるわけではありません。例えば父親が株主で、息子が経営者というケースもあります)
 
この「所有と経営の一致」が「なぜ事業保障対策が必要なのか?」について説明するときに非常に重要になってきます。本来は、「所有」と「経営」は分離しているものです。しかしながら中小企業においては、「所有」と「経営」は一致しているのです。
 
企業における「株主」とはどのような位置づけなのでしょうか。株式を保有している割合によって出来る事が異なります。例えば2分の1超の株式を保有している株主は「普通決議」を単独で成立させることが可能です。(普通決議とは株主総会の一種で、出席株主の議決権の過半数の賛成によって成立する決議のことをいいます)「普通決議」で決定できることの1つに「役員の選任・解任」などがあります。この他にも様々な事を決定できるのですが、つまり株主は「会社の重要な事項を決定できる」権限があり、「責任」が伴うわけです。

普通決議と特別決議で出来る事

 

経営者の3つの側面とは?


では、「経営」を行う経営者にはどんな「責任」があるのでしょうか。大きく3つの「責任」があると言われています。まずは顧客に対しての「責任」、従業員に対しての「責任」、そして社会に対しての「責任」です。つまり経営者はあらゆる責任を取らないといけないわけです。そして更に中小企業の経営者は “家族の長”である可能性も高いです。家族を支えて守っていく「責任」があります。
 
前述した「株主」としての責任に加えて、「経営者」としての責任、そして「家族の長」としての責任、この3つの責任を中小企業経営者は抱えています。(もちろん全ての中小企業経営者が抱えているわけではありません)例えばサラリーマンである「家族の長」が亡くなれば、残された家族は困ります。だからこそ万一の際に備えて、「生命保険」に加入するわけです。“家族の長”という側面を持ちながら、株主でもあり経営者でもある「中小企業経営者」に万一のことがあれば、各方面に多大な影響が出ることは容易に想像できるはずです。ですから、中小企業経営者は事業保障対策を確実にやっておかないといけないという事です。

経営者の3つの側面

 保険募集人の皆様は、中小企業経営者には先ほど掲げた「3つの責任」があることを伝える使命があります。そして経営者の家族・従業員・従業員の家族を守っていく使命があります。最近AIに関するニュースをよく目にします。保険業界にもAIによって、一部の仕事はなくなると言われます。ただし中小企業経営者に「事業保障対策の必要性」を伝える事はAIには出来ません。職業観(=なぜ保険募集人の仕事をしているのか)をしっかり持ち、皆様の使命として、経営者の家族・従業員・従業員の家族を守ってください

保障額を丁寧に算出する

経営者もしくはキーマンに万一の事があったときに、残された方々を守ること。これが保険募集人の皆様の使命であるとも言えます。具体的に事業保障に必要な金額はどのように算出すればよいのでしょうか。
 
保険会社の所定のフォーマットには、こんな計算式が記されています。(法人の販売管理費×6か月+借入金)×1.5という計算式。この計算式を皆様一度はお聞きになったことはありませんか。この計算式は現場では実際に使えないというのが私の本音です。実際にこの計算式に沿って、経営者の方に事業保障の提案をした場合、経営者はどのように感じると思われますか。
 
私も保険募集人の方がこの提案をされた現場に同行した経験があります。その時の経営者の反応はどこか納得していない様子でした。経営者が納得しない理由は、自身が亡くなったときどのような資金が必要なのかがイメージできていないからです。
 
私も小さいながら会社を経営しています。私と役員を含めて13名の会社ですが、私が万一死亡した場合、現在の状況では会社を清算する予定です。もちろん清算しなくて良いように、会社の仕組みを整えている最中ですが、今の段階では恥ずかしながら会社を継続する事は出来ません。しかし私も経営者として責任がありますので、残された従業員の方々がしばらく仕事に就けなくても問題ないように、2年分の給料を生命保険で準備しています。しかし私が亡くなったとしても会社を継続するのであればこの2年分の給料は確保する必要がありません。
 
つまり会社の方向性によって、経営者の死亡時に必要な資金が異なるという事です。にもかかわらず、先ほどお伝えした計算式で保障額を決めている(そもそも何となく保障額を決めている方も多い)方が多いのです。会社の方向性をヒアリングしないまま提案した保険提案には、全く血が通っていません。

会社の方向性によって異なる保障額の考え方


経営者が亡くなったときに会社が取れる選択肢は「親族内承継」・「親族外承継」・「事業清算」の3つになりますが、それぞれのパターンによって必要な資金が異なります。大きくは「事業承継」・「事業清算」の2つに分かれますが、
 
事業承継・事業清算に共通して必要な資金は「借入返済に必要な資金」と「死亡退職金」です。「借入返済に必要な資金」については、親族内承継をするのか・親族外承継をするのかによって考え方が異なります。親族外承継の場合は第三者が連帯保証を引き継ぐという事(融資条件により、連帯保証がそもそも無い場合もあります)ですから、一般的には経営者の死亡時に借入を完済してしまう事が多いです。しかし親族内承継の場合は借入を完済しない事もありますので、方針を丁寧にヒアリングする必要があります。例えば「借入を完済する事で金融機関との関係性が薄くなるので、借入は残しておきたい」といったニーズがある場合もあります。
 
また団体信用生命保険の加入有無についても確認しておく必要があります。団体信用生命保険は、住宅ローンの際は一般的ですが、事業融資に関しても金融機関から提案される事があります。団体信用生命保険に加入している場合は、経営者の死亡時に借入残高が0になりますので、その場合は「借入返済に必要な資金」は不要です。ただし団体信用生命保険については、各借入に紐づけられますので1つ1つの借入について加入しているかどうかの確認が必要となります。
 
続いて「死亡保険金」ですが、こちらは会社から「経営者のご家族」に支払われる資金です。これについては既に個人で加入しているケースもありますので、重複して保障を準備しないように注意しておくことが必要です。ちなみに個人的な意見としましては、経営者の家族の為の資金については個人保険で準備をしておくことが望ましいと考えています。

事業継続時に必要な資金について


事業継続時に必要な資金の1つ目は、自社株買取りの資金です。たくさんの保険募集人を見てきましたが、事業保障の提案時に自社株の話を出来ている方は多くはありません。自社株の話をする前に株式について知っておきたい知識から説明します。株式は通常、1単元株につき1個の議決権(株主総会の決議で賛否を示すことができる権利)を有しています。(議決権がない株式もありますが、今回はその部分は割愛します)

そして大切な事は、【議決権の保有割合】によって、出来る事が異なるという事です。例えば議決権の保有割合が50%超の場合、株主総会の普通決議を単独で成立させることが可能です。普通決議により決議が行われるものとして、取締役の選任・解任、監査役の選任などが挙げられます。つまり経営者が株式を一定数(少なくとも50%以上)持っていなければ、会社の重要事項を決定する事が出来ないという事です。
 
次に自社株について説明します。自社株とは、株式会社が発行する株式のうち、自社で取得した上で保有している株式の事を指します。通常、会社が自分の株式を保有していることはありません。例えば中小企業であれば、多くはオーナー社長やその親族が株を持っています。つまり、個人が株式を保有しているわけです。また株主が個人ではなく、法人のケースも多いです。いずれにしても、株主は「個人」または「その他の法人」です。非上場の中小企業で自社株を保有している会社はほとんどありません。
 
経営者が亡くなった時に、経営者が保有していた株式は相続の対象です。仮に長男が後継者として、事業承継をするケースを考えてみましょう。前述した通り、経営者が株式を一定数持っていなければ、会社の重要事項を決定できず、会社運営の大きな妨げとなりますので、後継者に株式を集中させる(相続させる)ことが事業承継のセオリーです。しかし事業とは関係がない他の親族にとっては、後継者に株式が集中する事は面白くありません。

株式以外の資産が潤沢にあれば、後継者以外の相続人が他の資産を相続すればよいのですが、そうでない場合は遺留分請求される可能性が生じます。その対策として会社が株式を買い取るという事です。もちろん買取りには資金が必要なわけですから、その資金を生命保険で準備するという事ですね。
 
そして事業継続時に必要な資金の2つ目は、業績悪化時の補填資金です。こちらについてもシミュレーションされている保険募集人は10人に1人もいらっしゃらないと思います。中小企業において経営者(特に創業者であれば尚更)がいなくなると、売り上げが減少する可能性は非常に高いです。後継者が売上減少分を立て直すまでの期間を保険で賄う事が出来れば、後継者も安心して経営が出来る事でしょう。
 
つまり、事業を継続する場合に必要な資金は「①借入返済に必要な資金」・「②死亡退職金」・「③自社株買取りの資金」・「④業績悪化の補填資金」の4種類です。ここまで明確に資金使途を経営者の方に提示する事が出来れば、保険の必要性が伝わりやすいですね。

事業継続・事業承継する際に必要な資金

事業清算時に必要な資金について

事業清算時に必要な資金は以下の4点です。借入金返済資金と死亡退職金については以前の記事でも書いておりますので、簡潔に記しておきます。
 
▼借入金返済資金
事業継続時には「借入金を残す」という選択肢も考えられますが、事業清算の場合は借入金を完済する必要があります。団体信用生命保険の加入有無については事前に確認しておきましょう。
 
▼死亡退職金
会社から「経営者のご家族」に支払われる資金です。これについては既に個人で加入しているケースもありますので、重複して保障を準備しないように注意しておくことが必要です。
 
▼従業員の転職準備資金
事業清算という選択肢=今まで働いていた従業員全員が一気に職を失うという事を意味します。もちろん従業員には家族がいるケースもありますので、その場合は家族まで大きな影響を与えます。規模の大小に関わらず、1人でも従業員を雇用している企業であれば責任がありますので、資金準備が必要です。資金の考え方については、従業員の給与手当の6か月~1年間が妥当です。(この期間に転職活動をしてもらうという意味合いがあります)
従業員の退職金まで準備出来ればベストですが、経営者の責任として最低でも転職準備資金は用意しておく必要があります。
 
▼事業清算までの運転資金
経営者に万一の事があった際の事業清算については、一筋縄ではいかない事が大半です。煩雑な手続きが必要になり、長期化する可能性もあるため運転資金の3か月分~6か月分は準備しておくことが必要です。
 

事業清算する際に必要な資金


以上が事業清算に必要な資金ですが、事業清算時にはもう一つ考えなければならない事があります。それは「取崩可能資産の算出」です。事業清算を行う場合は財産をすべて売却して、債務の支払いに充当します。(債務の支払いを行ったうえで残った財産を残余財産と言いますが、株主のものとなり、株式割合に応じて分配されますので、覚えておきましょう)
 
取崩可能資産の算出は出来るだけネガティブに見積もることが大切です。資産を過大評価してしまうと、「資金が足りない」という最悪の事態が発生するからです。具体的な方法としては、貸借対照表の【資産の部】に表記されている資産を1つずつ評価していく事となります。
 
▼当座資産
「当座資産」とは、貸借対照表に記載される流動資産に含まれる資産のうち、換金が容易な資産の事で【現預金】【受取手形】【売掛金】【短期貸付金】【未収入金】などが挙げられます。短期貸付金・未収入金については、換金性があるのか(回収できるのか)?を確認しておきましょう。
 
▼当座資産以外の流動資産
「当座資産以外の流動資産」については、棚卸資産や立替金・仮払金などが挙げられますが、こちらについても換金性があるのかを確認しておきましょう。特に棚卸資産が多額に計上されている場合は不良在庫の可能性があり、換金できないといった事も考えられます。
 
▼固定資産
固定資産については、特に土地・建物などの不動産関係や機械設備などは実際に貸借対照表に記載されている金額と処分した時の金額は大きく乖離する事が多いので、正しい評価をするのであれば、専門家への依頼が必要です。
 
これらの点に注意して取崩可能資産を算出した上で、生命保険で準備すべき保障額はいくらになるのかを算出しましょう。
 
ただいずれにしても企業の状況は(特に中小企業は)日に日に変化しますので、最低でも年に1回財務諸表をお預かりしたうえで、準備している保障が現状と見合っているのかどうかを確認しておきたいですね。


保険募集人としての使命を全うすること


客観的な立場で保険募集人の方を見たときに、「この人は他の保険募集人の方とは違うな」と思う事があります。そう思える保険募集人の方の特徴は、「死亡保険金を一度でも運んだことがある方」です。死亡保険金を運んだ時に自分が提案した保険が正しかったのかどうかを真剣に考える機会となり、「保険」に対する考え方が大きく変わるからです。もちろん保険募集人の皆様が進んで死亡保険金を運ぶことはできませんが、もしお客様に万一の事があった時に、「根拠をもって保障額を算出しているので、残された方は金銭面では安心してもらえる」と思えるような提案をしたいですね。