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別れ際ー福田花


別れ際の挨拶がどうにもうまくいかない。

すぐに会える人ならば簡単に「またね」と言うべきか。いやしかし、近所に住めどすぐに会えるとは限らないとなると丁寧に言うべきか。
いつだって挨拶は丁寧にしたほうが互いの気持ちがいいのは間違いないが、仰々しくなってしまうのも避けたいところだ。

特に遠方から足を伸ばして会いに来てくれた友人に対しての挨拶の正解がわからない。
別れを惜しみ、できることならもっと一緒にいたいと思う反面、彼らの帰路を考えて早く帰した方がいいと思ったりもする。そのせいで毎回変な感じで別れることになる。

そして毎回なんとなく反省をする。


店を始めてから、いろんな時代の友人が距離関係なく店に会いに来てくれるようになった。
大変嬉しいことである。
嬉しくて彼らを第一優先にして、店もおしまいにして、つきっきりで彼らにコーヒーを淹れて、話題が尽きて気まずくなるくらいまで喋りたいなとすら思う。
しかし、商売をしている反面そうとはいかず、どうにも店主と客の構造も拭いきれず独特な空気にしてしまうこともしばしば。

そして別れ際、どうにもうまいこと「さよなら」や「またね」を言えた試しがない。
前述した通り、2つの気持ちが相まって結局は早く帰したほうが彼らのためだとあっさり帰してしまったりする。

はるばる千葉から友人が店を訪ねてくれた。

会うのは半年ぶりくらいなので意外と会ってるなと思いつつ、学生時代、大学は違えど週一以上は会っていたので環境の変化とその慣れになんだか寂しくもなった。

彼女は私にとってかなり重要な人物である。今の私(中学高校から比べて私はがらりと変わったように思う)になっていく段階を長い時間一緒に過ごした。彼女からの影響は大きなものだったし、身近な憧れでもあったので、彼女がいたから今の私に落ち着いていると言っても過言ではない。

そんな彼女が来週行くね!と軽く言ってくれたので私もやったー!と軽く返して当日を迎えた。
何時に来るかなとソワソワしつついつも通りに店を動かしていたが、日曜のくせに人が全然来ず、昼食をしっかり取り、本を一冊読み終えた。
彼女を待つ時間がとてつもなく長く感じた。

このぐらいだよ〜という連絡が来て、いよいよ!と外に出て一服してみたり、窓際で車が来るのを待ってみたり。
彼女は無事にお店に着き、控えめに階段を上りながらちょうど外に出ていた私に対して静かに「やっほ〜」と言う。
不思議と、会えていなかった時間はどこかに置いてくるようで「久しぶり〜!(キャッキャ)」みたいなものはなく、昨日も会っていたかのような気持ちになった。

往々にしてこの感情を抱く相手がいることを認識しているが、一体これは何なんだろうか。歳を重ねるごとにその対象は増えている。

彼女と他愛もない話をしながら、また喋りが下手になったなと自分自身に思う。

大した話はしない。彼女とはそういう大した話がなくとも無限に時間を共有してきた。誰がどうとか恋人の話はほとんどしない(だから彼女が恋人を連れてくると妙に緊張する)。だから彼女との時間は特別だった。

楽しい時間を過ごしつつ、なんとも店主である自覚もあるのでいかにもそれらしく店の話をしたりした。そういう話もしたかったけど、もっとどうでもいいこと話したい、と思ったりもした。

夕方が夜になり、私の目線にある古時計も営業終了時間の18時はとうにすぎ、簡単な片付けをするふりをしながら、あっという間に2時間以上が経っていた。

そしてまた例の一緒にいたいが帰り時間は大丈夫なのかという葛藤がモヤモヤと出てきてしまった。

全く会えない距離ではない。実際、半年前は九十九里で車中泊をしたのち、彼女の働くカフェに行きコーヒーを注文した。再会の喜びを共有しつつ、彼女はちょうど休憩終わりだったので持ち場に戻ってしまった。働く彼女はかっこよく、素敵だった。
その時は実に自然で(彼女は勤務中の手前ドギマギしたかもしれないけれど)、これまでの接し方ができた。
またすぐ会えるような気がしていたからだと思う。

そして今日は言うならば立場が逆転しており、私はなんだかずっとソワソワしていた。

そろそろ、という時間になって帰り支度を始める彼女。なんとも言えない気持ちになる私。
別れを惜しみつつ、変に、クールに…と振る舞い彼女にまたねを言った。

openという小さな看板を裏返してcloseにして、入り口の電気を消して、暗くなった客席に腰をかける。
なんだか急に寂しくなってポロポロと泣いてしまった。
はっきりとした理由もわからずそのまましばらく泣き続けた。
そして、タバコを吸うなどして気を落ち着かせて、残っている片付けをするために重たい腰を上げた。

なんの涙だったんだろう。寂しいだけではなかったように思う。

なんとなく、これまで気にしていなかった“距離”が明確になった気がした。
しっかりとした約束がなくとも、目的がなくとも会えていた友人たちと、数日前から約束をして、スケジュールを立てて、私の店に来てもらうという目的があって初めて会える関係になってしまった。

それがとてつもなく寂しく感じたのかもしれない。もしくは戻らない時間を思って泣いたのかもしれない。あの頃は楽しかったなあなんて。
今ももちろん楽しいがまた違う時間を過ごしている。当たり前にも思うが、体や頭が感じている時間と地球が過ごしている時間のスピードが合わないことはよくある。

店を生真面目にやる以上、好き勝手休んで、出掛けたりして、気が向いたら店を開けるというのはどうにも難しい。
それは何十年も続けられたからこそ許されるものだと思う。

そのため来てもらうことでしか彼女をはじめ、友人に会えるタイミングはなかなか作ることができない。
お店に来てもらうのは嬉しい反面、申し訳なさも感じる。足を伸ばしてもらうだけではなく、お金も落としてもらうことになるから…

ぐるぐると回る頭を止めて、まずは笑顔で迎える、笑顔で帰す、の練習をコソコソしようと思う。
しばらくはちょうどいい別れ際を見つけられそうにない。
すぐに小慣れた感じを出すのはなんだか違うような気もするのでまだ不器用な挨拶をしてみんなと別れたい。

ありがとう!気をつけてね、よかったらまたおいでね。と。

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