お互いがお互いを理想視し過ぎたがゆえに
ボランティアの宿泊合宿で横浜のホテルに泊まった夜。
あの人はカラシ色のパジャマを着ていました。いつもおしゃれな格好をしている人だったので、なんだかフッとおかしくなりました。
夕食の時には、大座敷でみんなで集まって一緒に食事をとりました。1人1人に小さな鍋が用意され、ホテルの人が着火剤に火をつけていってくれます。
「なんだか、修学旅行の時みたいだな」と青年は思いました。
彼女は隣に座っていて、青年の発した何気ないジョークにいちいちケタケタ笑ってくれています。
「もう、やめてください!お腹痛くて死んじゃいそうです!」なんて言いながら笑い続けているのです。
「私、笑い上戸なんです。高校生の頃は、箸が転んだだけでも笑うような子だったんです。でも、ここ何年かはなぜだかそんな風に笑えなくなっていて。ひさびさに心の底から笑えました」
そんな風に彼女は言ってくれました。きっと、今の恋人は彼女のコトをあまり笑わせてはくれないのでしょう。
思えば、この頃が一番、心が接近していた時期だったのかもしれません。まさか、あんな風に坂道を転がり落ちていくように関係が悪化する時が来るだなんて…一体、誰が予想したことでしょうか?
きっと、この物語を読んでいる読者のみなさんも信じられないと思います。だって、作者自身いまだに信じられないんだもの。
「一体全体、何が悪かったのだろうか?」
何百時間、何千時間も考え続けました。ある部分では答えを出すことができ、別の部分はいまだに謎のままです。
もしかしたら、答えはいたってシンプルなモノだったのかもしれません。どこか上手いタイミングでそっと抱きしめてあげるとか、キスしてあげるとかできればよかったのかも。
でも、そうはならなかったんです!この異常な生活は異常な関係を生み出してしまいました。肉体的接触はほとんどないまま、精神的なつながりばかりがどんどん強くなっていってしまったのです。
「プラトニックな関係」とでも表現すればいいのでしょうか?
それは、まさにあの人がかつて言ったように「宗教団体の教祖と絶対的な信者」に近いモノでした。
でも、それだけじゃないんです。青年の方も、あの人に対して似たような感情を抱いていくようになります。「世界の果てでボロボロに傷ついた少年が、女神を信仰する」がごとく。
「人は鏡」とはよく言ったものです。片方が相手に対して抱いた感情を、自然と相手の方も抱くようになっていく。
ふたりはあまりにも相性が良すぎたのです。だから、仲がいい時にはとことん仲良くなってしまう。どこまでもどこまでも2人きりの世界を構築していき、それ以外の人々を排除するようになってしまう。
逆に関係がギクシャクし始めると、際限なく深淵の底へと落ちていってしまう。天界から落下する堕天使のごとく。
やがて、地獄の底まで落ち切ると、お互いに傷つけ合い、失望し合い、「世界の終わり」を感じてしまう。
あの時のあのふたりが組めば、ほんとに世界だって変えられたかもしれないのに!
でも、そうはならなかったんです…
お互いがお互いをあまりにも理想視し過ぎたために!
ほんとは、どっちも「ただの人間」だったのに!青年は「少年時代より心をボロボロにしながらかろうじて生きながらえていたひとりの男」に過ぎず、あの人はあの人で「普通に音楽を聞いたり、ドラマを見たりする傷つきやすいただの女性」だったんです。
でも、人を理想視し過ぎると、そんな風に見えなくなっていってしまうのです。「お互いがお互いに相手を神様みたいな存在として信奉し、相手の理想に合わせようとしてしまう」
これはそんな関係が招いた悲劇の物語。
次回!
最大のチャンスを逃したお話をします。
noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。