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「僕の改革 世界の改革」 第16夜(第2幕 29 ~ 32)

ー29ー

それは…
『彼女』だった。

「君は!」と、僕は叫ぶ。
「知ってる人?」
そう、リンが尋ねてくる。
「あれは…『彼女』だよ。僕が探していた彼女だ…」
「あなたの探していた人って、並木さんのコトだったの!」
「並木さん?」
「そう、並木少尉よ。並木さやか少尉」
「並木…さやか?」
確かに彼女は『彼女』だ。
僕が探していた『彼女』だ。
でも、彼女はそんな名前ではなかった。どういう名前だったかは覚えていない。でも、そんな名でなかったコトだけは確かだ。
それは、わかる。
「どこからかやってきて、アッと言う間に今の地位にまで登り詰めたの。もちろん完全な実力でね。それが本名であるかどうかはわからないわ。そうでない可能性の方が高いでしょうね。この軍隊では、ほんとうの名前を語っている人の方が少ないもの。あなたや、そして、私がそうであるようにね」
リンがそう説明してくれた。


ー30ー

「第14独立予備部隊隊長。あなたの活躍は充分すぎるほど耳にしております」と、並木少尉が僕に告げる。
第14…どうやら僕のコトらしかった。
「あなたには行ってもらわなければならない場所があります」
彼女は、とてもよそよそしい。まるで、知らない人に接するか、初めて会ったかのような素振りだ。
「『行ってもらいたい場所』ってどこですか?」
僕もつられて敬語で話す。
「無気力生物によって崩壊した街です」
「崩壊?街が?」
「そうです。実際に崩壊した街を目視していただきたいのです。また、そうすることで何かが変わるかも知れませんし」
「変わる?何が?」
「さあ、それは行ってもらわなければわかりません。何かが変わるかも知れませんし、何も変わらないかも知れません。変わればそれが何かわかるでしょう」
そりゃ、そうだ。
実にあたりまえのコトを、えらく遠回しな表現の仕方をするな、と思った。
僕の知っている『彼女』は、こんな物の言い方はしなかった。
でも、それでも、彼女はほんとうに『彼女』なのだ。


ー31ー

彼女…並木少尉は話し始めた。
無気力生物の侵攻具合だとか。人々がどうして無気力化していくのか、考えられる原因、主な可能性。これから行く街のコト…などなど。こと細かく説明してくれていた。

シノザキ博士も大木さんも、いろいろと質問していた。あの学生君ですら、いくつかの質問をぶつけていた。
だけど、僕は、その間ずっと黙ったままだった。黙ったまま、いろいろと考えていた。いや、考えていたのは、ただひとつ。『彼女』のコトだけだった。
「この人は、ほんとうに彼女なのだろうか?もし、そうならば、なぜそのコトに触れようとしないのだろうか?どうして、こんなにもよそよそしい態度を取るのだろうか?そもそも、なぜ彼女は僕の元を去ってしまったのか…」
ふと見ると、なぜだかリンも黙っていた。そして、宙を眺めていた。
まるで、「私は何もかも知っているので聞く必要などないのよ」とでもいう風に。

「ほかに質問はありませんか?なければ、出発の準備にかかっていただきますが」
最後に、僕は思い切ってきいてみた。昔、彼女にしていたような話し方で。
「君は…僕の知っている『彼女』なのかい?」
「そうかもね」と、並木少尉は感情を変えず冷静に答える。
「僕は、そう思う」
「じゃあ、そうなんでしょうね」
彼女は否定はしなかったが、積極的に肯定もしなかった。


ー32ー

目的地までは飛行機を使うコトになった。
それほど大きくはなかったが、飛行機は僕らの貸し切りだった。
「こういったお金は、一体、どこから出てくるのだろう?」
そう不思議に思ったが、口には出さなかった。
それで、この組織がうまく動いているのならば、それでいいじゃないか。
僕には、そんなコトはどうでもよかった。それよりも考えなければならないコトは山ほどあるのだから…

飛行機に乗るまでに、僕は彼女と2人で会話する機会があった。
今度は、前よりも素直に話せそうだった。
「探したんだよ。ずっと、ずっと、長い間」
「そう」
彼女の答えは、そっけなかった。
「1度なんて、君の後ろ姿を見つけたのにもかかわらず追わなかった。まだ、君に会うべきじゃないと感じたからだ」
「そう」
「なんだか冷たくなったね…」
「そうかもね。でも、それが強くなるということじゃないかしら?」
そう彼女は言う。
「そう…かも知れないけれど。でも、昔の君はそんなじゃなかった…」
「あなたは私を知らなさすぎだわ。あなたが私だと思い込んでいるものは、実は私の中の1部分にしか過ぎなかったということなのよ」
「それじゃあ…」
「少なくとも、みんなが知っている私…今の私は、あなたが知っている私じゃあないわ」
「そんな…」
「私が私の道を行くように、あなたもあなたの道を歩めばいいわ」
「僕の道?」
「あなたには名前が必要だわ。この世界で通用する、もっとちゃんとした名前が。それこそが、あなたに必要な目的の1つなんじゃないかしら?」

名前?そんなモノが重要なのだろうか?
彼女の意外な提案に、僕は正直とまどった。

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