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「僕の改革 世界の改革」 第37夜(第6幕 6 ~ 10)

ー6ー

耳を澄ませてみるが、何の音も聞こえはしない。
幻聴だったのだろうか?

すると、チリ~ン…
まただ!確かに聞こえた!鈴の音だ!!

今度は2度。
チリ~ン…
チリ~ン…

音は前方から聞こえてくる。
幻聴などではない。もはや、そこに疑いの余地はなかった。

さらには、人の声も。
「あなたは人生に迷っておられる。進むべき道を決められずにいる」

チリ~ン…

鈴の音は段々と近づいて来る。そして、同時に人の声も…
「あなたがもしその気なら、お手伝いいたしましょう」

チリ~ン…

いつの間にか…どこから現われたのかはわからなかったが、目の前には真っ白な衣装に身を包んだ1人の僧侶が立っていた。


ー7ー

全身真っ白な衣装を身にまとった僧侶は言った。
「そんなアナタこそ『白き夢』に相応しい…」

白き…夢?

「白き夢と共に、静かな眠りを…」

白き夢。どこかで聞いたコトがあるような?
僕は記憶の片隅にあるモノを懸命に引き出そうと努力した。

「我々と共に静かな眠りを…」

僕が黙っていると、僧侶はひとりで続ける。

「永遠の眠りを…」


ー8ー

スッ…と引き込まれてしまいそうな不思議な魅力がその声にはあった。だが…
「永遠の眠り!?それって、もしかして『死』!?」
僕の声が聞こえているのか聞こえていないのか、僧侶はひとりつぶやく。
「生きていきたくないのならば、生きていく必要などないではありませんか」

チリ~ン…
全身を真っ白な衣装で身を包んだ僧侶は、鈴をもう1度鳴らして語る。
「消えてしまえばいい…」

僕は叫ぶ。
「そんなバカな!!」
それに対して、僧侶は落ち着いた声で語りかけてくる。
「あなたはご存じのハズ…生きていくコト、生き続けるコトの辛さ悲しさを」
「どんなに辛くたって、死を選ぶなんて道理はない!」と、僕は反論する。
「ならばいっそのこと、消えてしまえばいい…」
「消えてしまっていいわけはない!!」
「白き夢はそれを望む。人々の心の声を汲み取る。『消えてしまいたい』という心の声を…」
「そんな者…消えてしまっていい人なんて、この世界に居はしないんだ!!」

しばらくの間があって、僧侶が続ける。
「今は時ではなかったというコトでしょうか…」
「今も未来も変わらない!!誰だってそれは変わらない!!」
「アナタが再び我々を必要とした時…その時に白き夢はもう一度現われましょう」
そう言って、白き夢の僧侶は去っていった。
最後にもう1度、チリ~ン…という鈴の音を残して。

僕は懸命に叫んだ。白き夢の声に抵抗するように。
叫ばなければ引き込まれてしまう。そんな恐ろしい魅力がその声にはあった。
もしも、以前の僕ならば…精神的に落ち込んでいた頃の僕ならば、この誘いに乗ってしまっていたかも知れない。


ー9ー

それから僕は、もう一度あの街を目指して歩き始めた。
『無気力生物たちの街』へ!!

何を目指していたのだろうか?
別に目的があったわけではないのかも知れない。ただ、他に行くべき場所が思いつかなかっただけかも。あるいは「あの街へ行く」と言ったシノザキ博士の言葉を思い出したためだろうか?

「心のどこかでは『彼女』に出会うことを期待していたのではないか?」と問われて、「ノー」と答えれば嘘になる。

『世界を変える』という目的に曲がりなりにもケリをつけ、新しい国を抜け出してひとり孤独になった今、ボンヤリと考えるのは『彼女』のコトだけだった。
元々は、その為に家を飛び出したのだ。安全に守られ、何不自由なく暮らしていけたはずの生活を捨てて。


ー10ー

あの日…
あのまま、家に居たらどうなっていたのだろうか?
逃げ出していった『彼女』を追いかけることなく、僕の家で待ち続けていたら?

きっと『彼女』が戻って来ることはなかっただろう。
僕はそれまでと変わらぬ生活を送って、やがて別の人と一緒になりそのまま一生を終える。それなりに幸せな一生を。代わりに、心のどこかに常に『咎(とが)』を感じながら生きていくことになっただろう。

それに、そういう道を選んでいたら、これだけの冒険はできなかっただろう。
自分から望んだ冒険の日々ではなかったし、それはそれで大変だった。でも、終わってみると「こういうのも楽しかったかも知れない」と思えるようになっていた。

あるいは、あのまま家に居たら、今頃…世界の流れに巻き込まれるか、無気力生物と化していたかも。それに比べると、この人生は随分とマシだったようにも思える。

こんな風に、気が向いたらひとり世界をブラブラと歩き、行き着いた先々で冒険に巻き込まれる。そして、いつか世界のどこかで朽ち果てるのだ。そういう人生もいいかも…

そうなると、目的は何だろう?生きていく目的は?
永遠に戻って来るはずのない『彼女』の幻影を追い続けるか?あるいは、目的など何もなくとも構わないのかも。

そうか。もしかしたら…
それが『鍵』だったのか?

世間の人々は常に目的を持って生き続ける。だが、逆にそれがネックになっているとしたら?
目的が破れた時、人々は無気力化する。そうでなくとも、目的に縛られて生きるがあまり、やはり人としての心を失ってしまい虚ろな目をして生きていくことになる。
だとしたら、目的なく生きていく人生というのも悪くはないのかも。むしろ、それこそが理想の生き方だとしたら?
それが、これからの時代求められる『スタイル』であり、人々に必要な『答え』なのかも…

僕はそんな風に考え始めていた。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。