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「新宿プリンスホテルの生ハムメロン」

キザオ君の呼び出しに応じて、3万円を握りしめた青年は新宿駅東口へと向かいました。新宿プリンスホテルが指定された場所だったからです。

青年はここで不信感を強めます。

「おかしいな?なぜホテルなんかに泊まっているのだろうか?しかも、新宿プリンスホテルって結構高級なホテルなんじゃないだろうか?お金がなくて借金しようとしている人がなぜ?」

指定された部屋の前に到着すると、扉を開けたキザオ君が両手を広げて迎えてくれます。笑顔ではあるのですが、どこか困ったような焦燥しきったような笑顔です。

「やあ、よく来てくれたね。ところで、例の物は?」

キザオ君にそう言われて、青年は3万円の入った封筒を手渡します。

「いや~!これで助かったよ!どうもありがとう!」

封筒の中身を確認したキザオ君は、ここで意外な行動に出ます。

「じゃあ、行こうか!」と言って、ホテル最上階にあるレストランに青年を連れて行ったのです。

「これは、お金を貸してくれたお礼だよ」と言って、料理の入ったお皿を差し出してきます。キザオ君が注文したのは生ハムメロンでした。

この瞬間、青年の疑惑は確信に変わりました。

「これは、何かがおかしい。お金に困ってる人が料理をごちそうしてくれたりするだろうか?しかも、こんな高級そうなお店の生ハムメロンだなんて結構な値段がするだろうに…」

「きっとキザオ君は、なんらかの洗脳状態にあるのだな」と青年は思いました。洗脳者は、あの城山君に決まっています。もしかしたら、バックにもっと大きな組織がひかえているのかもしれませんが、それはわかりません。

宗教団体とかヤクザとか。あるいは、もっと小規模なグループかも知れませんが、なんらかの後ろ盾がある可能性もありました。でも、それ以上に確率が高かったのは城山君の単独犯です。

城山君の話は、詐欺としてはあまりにもチャチ過ぎるのです。スケールが小さいし、嘘がバレバレ過ぎて、青年からするとアクビが出るレベルでした。

同じ闇の住人として、直感的にその手の臭いをかぎ取るのは得意でした。ただ、レベルが低過ぎて相手にする気が起きません。新宿駅の西口で出会った寸借詐欺師と同じ程度にしか思えませんでした。

「よくこんな手口に引っかかるものだな…」と、あきれるほどです。


ここから先は、後年の青年の分析になります。この時点で考えが及んでいたわけではありません。

青年の持つ特殊能力の1つ「ディケンズの分解メス」が導き出した答え。それは…

「この事件を引き起こしたのは、城山君ではなくキザオ君の方だったのではないだろうか?」

これだけでは読者のみなさんに伝わらないでしょうから、詳しい解説をしましょう。

キザオ君の特殊能力「ナルシストオーラ」「自らを理想化し、現実の自分を理想の姿へと近づける」という能力。この力を上手く扱えば、あるいは一流の役者や声優になることも可能だったかもしれません。そうでなくとも、トップセールスを誇る営業マン程度には苦も無くなれたはず。

結果的に能力の使い方を誤り、全く別の人生を歩むことになってしまいましたが、持ち合わせていた資質自体はピカイチ!(それは、青年も認めるところでした)

もしも、それを自分以外の人に使ったとしたら?

「心の底から人を信じる」というオーラで相手を包み込んでしまったとしたら?

きっと対象者は自信に満ちあふれることでしょう。これ以上ないくらいに自信満々で生きていけるようになるはず!もしかしたら、世界を救う英雄だって生み出すことができるかも。

でも、この場合、そうはなりませんでした。せっかく信じてもらった城山君は、その力を実にスケールの小さなコトに使ってしまったのです。おそらく、元々持っていた器の大きさが小さかったからでしょう。

そうして、信じてくれたキザオ君を騙してわずかなお金をかすめ取るという暴挙に出てしまったのです。キザオ君の手帳に記されていた人たち何人かを巻き込みながらね。

キザオ君は、性格的にそういうところがありました。「何か異様に物事に執着する」とでも表現すればいいのか。相手の1面だけを見て、絶対的な信頼を置いてしまうのです。

もちろん、それがよい方向に働けば大きな力に変わります。たとえば、恋人や夫婦や親子が相手を(あるいはお互いを)絶対視し、心の底から信頼したとしたら?

一生懸命勉強したり、働いたり、家事や育児に没頭することでしょう。「愛する人のために!」と身を粉にして働けるはず。当然、結果もついて来る確率は高まる。

そう!まさに、あの青年の母親がやっていたコトと同じ!「我が子のために!」と全身全霊を傾け、全力でバックアップして、受験勉強に向かわせたように(結果的に、それは上手くいきませんでしたが…)

簡単に言えば、「キザオ君は人を信じ過ぎた。そして、信じられた相手は勘違いをして暴走してしまった」

それが事件の真相です。

ま、あくまで作者の妄想に過ぎませんけどね。でも、この方が物語としておもしろいでしょ?


ちなみに、生ハムメロンはメロンを生ハムで巻いた味がしました。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。