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「僕の改革 世界の改革」 第2夜(第1幕 2 ~ 6)

ー2ー

とりあえず、僕は街へと向った。
世界はいつもと変わらず平和だった。少なくとも、僕にはそう見えた。その時の僕には…
でも、本当はそうではなかったのだ。世界は少しずつ少しずつ崩れ始めていた。夏の海の海岸にできた砂の城が、波にさらわれて崩れていくように。少しずつ、少しづつ…
ただ、その時の僕にはそんなコトはどうでもよかった。それに、その時の僕はそんなコトに気づく心のゆとりだってありはしなかったのだから。

僕は街を歩く。本屋で立ち読みをし、カレー屋でたまごカレーを食べ、コーヒー屋でブレンドコーヒーを飲む。いつもと変わらない生活だ。
ただ1つ、彼女がいないコトを除いては。

昔は、よくこの道を2人で歩いた。ここのコーヒー屋で2人で語り合った。
でも、それももう遠い昔。
今は、もう何もない。
ひとりぼっちだ。

ひとりぼっちのこの街は、とても虚しく思えた。気のせいか、人々の姿も薄れていくようだった。
「このままどこまでも、この黄色い道を歩いていくのも悪くはないな」と、そう思った。『オズの魔法使い』のドロシーのように。
「ドロシーは幸せだったろうな」と思う。彼女には愛犬の『トト』が一緒だったもの。途中の道で『脳みそのないカカシ』や『ハートを持たないブリキの木こり』や『臆病ライオン』に出会い友達になったのだから。
そして何より、家に帰れば愛するおじさんとおばさんが待っていたのだから。

僕には何もない。家に帰った所で誰も待ってはいない。誰ひとり待っていてはくれない。
昔は彼女がいた。家に帰れば彼女が待っていた。
でも、今はもう違う。誰もいない。誰も待ってはいない。

もう、何もかもがどうでもよかった。
遠くへ…どこか遠くへ行きたかった。どうせ誰もいないのならば、ずっとずっと遠い世界へ行ってしまいたかった。


ー3ー

ドン!!
誰かと、肩がぶつかる。
「あ…す、すみませ…」
見ると、それはひとりの男で。彼はおかしなマスクをかぶっていた。
「君は、まだ希望を持っているね」
「え!?」
「君の瞳には、まだ輝きがある」
「えっ…いや、あの…何のコトですか?」
「来たまえ。我々の秘密基地に案内しよう」

僕は成すがままに、その人に従った。何もかもがどうでもよかったからか…でも、それと同時にこの不思議な人物に興味があったことも、また確かだった。
謎のマスクの男は道すがら語りかけてくる。
「君にはわからないのかい?」
「何が?」
「ここは、どんどん奴らに占領されているんだ」
「奴ら?」
「そう、奴らだ!」
「奴らって、誰?」
「奴らは、奴らさ」
「だから、誰?」
「『無気力生物』達さ」
「無気…力?」
「そう。奴らは何も感じない。生きているだけだ。何も感じることなく、ただ淡々と日々の生活を営む。それだけだ」
「それだけ?」
「そう、それだけだ。そんな奴らが、我々の世界を埋め尽くしたらどうなると思う?」
『それだけの行為のどこがいけないのか?そんなのあたりまえのこと。みんなやっていることじゃないか…』そう言おうと思ったがやめた。
それを言葉にすることすら、どうでもよかったからだ。
僕も、すでに無気力生物とやらの仲間入りを果たしているのかも知れなかった。

僕が黙ったままでいると、マスクの男は語る。
「もし、そんなことになれば…世界は存在する意義すら失ってしまうだろう」
男は、そのまま続けた。
「私のことは『隊長』と呼びたまえ」


ー4ー

「ここが、我々の秘密基地だ」
隊長は言った。
一見古ぼけた建物だったが、中には最新の設備が整っていた。見たこともないコンピューターや設備が壁一面にズラリと並び、部屋中を埋め尽くしていた。
さらに隊長は続けた。
「そして、ここがメインコントロールルーム」
そこは初めて見る部屋のはずなのに、なぜだかとても懐かしい感じがした。
「君にはここで働いてもらう」
「ここで?」
「そうだ。君にはその資格がある」
「資格?」
「そう、資格だ。そして、もう1つ。君のパートナーを紹介しよう」
「パートナー?」
「入ってきたまえ」
隊長に呼ばれて部屋に入ってきたのは、かわいらしい女性だった。
でも、その瞳にはリンとして強い意志のようなものを感じた。
「私はリン。あなたは?」
「僕は…」
言いかけて、僕は自分の名前を思い出せないことに気づいた。
「ナンバー24」
代わりに、そう隊長が答えた。
そんな名前でないことは確かだったが、それもどうでもいいことだった。
ただ、リンにはとても懐かしいものを感じた。この部屋に感じたのとは違う別の懐かしさだ。
でも、リンは『彼女』ではなかった。


ー5ー

「あなたは、なぜこんな所に来たの?」
2人きりになってからリンが尋ねてきた。
僕が黙っていると、リンは強めの口調で続ける。
「いいじゃないの、教えてくれたって」
仕方がなく僕は答える。
「彼女を…探しに」
「彼女?」
「そう」
「彼女って、誰?」
「彼女は彼女さ」
「名前は?」
「名前?」
「そう、名前よ。名前がないと探せないじゃない」
「名前は…」と、言いかけたが、僕の口からは言葉が出てこない。
「名前は?」と、リンがさらに問いかけてくる。
「……」
「忘れちゃったの?」

どんなに考えても、思い出せなかった。
僕は、僕の記憶だけではなく、彼女の記憶まで失いかけているようだった。
それは、とてもショックなことだった。自分のことはまだしも…一番大切な人のことまで忘れかけているだなんて!!

一体、僕は何のためにこんな所にいるのだろうか?何のためにこんな場所まで来たのだろうか?
何もなかったけれど、安全で平和であった自分の家を出てこんな所まで…
一体、何のために?
「ねえ…」
リンが声をかけてくる。
「私がその『彼女』じゃないの?」
「違う!」
「どうして、そう思うの?」
「それは…どうしてもだ」
「フフフ…変なの」
「どうしてだ?」
「だって、もしかしたら勘違いかも知れないじゃないの」
「勘違い?」
「そうよ。人の人生なんてね。勘違いの連続でできているのよ」
そうかも知れないな…僕は、そう思った。
何もかもが勘違いで、僕が存在したコトも彼女が存在したコトも、みんなみんな勘違いだったのかも知れない。でも、だとすると『勘違いでないコト』って一体、何だ?
その考え方に従えば、過去は全て勘違いということになるじゃないか。
「過去はみんな勘違い…という顔ね」
僕の心を見透かしたようにリンがそう言った。
「違うのかい?」
「違わないわ。それでいいじゃない。それが勘違いであれ何であれ、過去は過去よ。そんなものに縛られていたら先へは進めないわ。過去は過去として封じてしまえばいい。美しい思い出としてね」
「思い出…」
「そう、思い出よ。あなたは過去なんかに縛られてちゃいけない。そんな人間じゃないもの。だから、先に進まないと。ずっとず~っと、遠くを目指して」


ー6ー

とりあえず、僕はリンと隊長に従って入隊することにした。第14独立部隊の一員として。
目的は「無気力生物」の全滅。メンバーは隊長と僕とリンの他2名。1人は太っちょの「ホー」もう1人は、チビの「マンガン」全員で5名だ。

ホーとマンガンは基地のコンピューターを器用に扱った。
たとえば『無気力レーダー』
これは、無気力生物の位置を探知し瞬時に居場所を教えてくれる。

『やる気照射装置』
やる気のない人々に当てることで、無気力生物達を元の真っ当な人々に戻すことができるそうなのだが…その効果の程は定かではない。

それから、イザという時のためにミサイルも用意されている。最悪の場合、敵を破壊するのだそうだ。
そんなコトにはなって欲しくはないが…

どれもこれも操作は複雑で、僕にはとても扱えそうになかった。というか、どちらかといえば無気力生物に近いこの僕に、ここでできる役割など存在するのだろうか?その方が疑問だった。

「さっそくだが、君の任務だ」
隊長からの最初の指令が出る。
「君には、まず簡単な任務から始めてもらおう」
「簡単な任務?」
「そうだ、これから街に行って『偵察』を行なってきてもらいたい」
「偵察?」
「そう、偵察だ。なお、任務自体が始めての為、同行者をつける…リン!」
「はい」
「わかっていると思うが、ナンバー24は何も知らない。任務が何たるかを1から教えてやってくれ」
「はい。じゃあ、行きましょう」
リンにそう言われ、僕らは外の世界に出た。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。