働かざる者、食うてよし
20歳の4月がやって来ました。
19歳の秋に家を飛び出してきてから、1年半の時が流れていましたが、青年にはそれが信じられませんでした。10代の大半を非常に窮屈な思いをしながら生きてきた人間にとって、自由奔放に暮らす人生は何倍もの密度に感じられたからです。
わずか1年半の時は、10年にも匹敵する価値を持ちました。それでも青年は「まだ足りないな」と感じていました。
14歳のあの日、「世界最高の作家」を目指した瞬間に紙に書き出した条件。そのほとんどは、まだ手に入れられないままだったからです。
※この時に、紙に書き出した条件
青年が、この時点で獲得していた能力は…
元々持っていた「空想する力」に加えて「読者を驚かせる発想力」と「いくらかの経験」だけでした。文章力も、表現力も、語彙力も全然伸びてはいません。経験だって全然足りないのです。
何より小説など1行も書けてはいません。これは致命的でした。作家を目指しているのに、肝心の小説が全然進んでいないのです。
でも、青年は知っていました。小説を書くのに最も必要な能力は「机に向かってコツコツと努力することではない」と。そうやって正攻法で挑んでいった無数の勇者たちが幾多の苦難の果てに敗れ去り、その道をあきらめてしまっていたコトを!
必要なのは別の条件なのです。
「作家に必要な数々の能力を身につけることができさえすれば、物語など無限に生み出すことができる。それも、無意識の内に!」
青年は信念とも言える強い強い精神の力で、そのコトを信じ続けました。外堀さえ埋めてしまえば、必ず本丸を落とすことができると考えていたのです。
「もっともっと人と会わなければ!より多くの経験を積まなければ!それは、いずれ世界最高の作家になるための道になる!」
決心を固めた青年は、再び世界へと飛び出します。
*
ここで非常に重要な秘密をお伝えしましょう。
この物語をここまで読んできた読者のみなさん、「何かがおかしい?」と思いませんでしたか?
実は、作者が意図的に隠し続けてきた秘密が1つあるのです。勘のいい読者の方なら、もうおわかりですよね?
「この青年、どうやって生きてるの?まともに働いてる描写があまり出てこないけど、生活費はどこから出てるの?」
その疑問にお答えいたしましょう!
青年に与えられた特殊能力の1つ。「世界最高の作家になるため、ありとあらゆる犠牲を払う!たとえ、世界を敵に回してでもやらねばらならぬコトがある!」という強い強い覚悟と願いから生まれた新たな能力。
能力名は「働かざる者、食うてよし(イワン・ザ・フール)」
能力の内容は「働いても働かなくても生きていける」
ロシアの民話「イワンのばか」に登場する悪魔の手は非常に美しかったと言います。なぜならば、家事や畑仕事など手が荒れるような仕事をしていなかったからです。
青年に与えられた次なる特殊能力。その正体は、作家になるために目覚めた史上最高の支援能力だったのです!
新宿のゲームセンターで手に入れた占いの紙(予言書)によるならば、第3の人生。「趣味や遊びに生きる人生」です。
「趣味や遊びに生きる人生」
趣味や遊びなど、あなたには好きなコトをしながら生きていける才能があります。趣味がこうじて仕事になったり、自分では遊びのつもりでやっていることが、なぜだか不思議と収入になってしまうのです。
自由気ままに生きていくだけでも、食うに困ることはないでしょう。
青年はこの能力により、特に無理して働くことなく生きていけるようにできていました。
この1点においてのみ考えたとしても、無敵に近いと言えます。
だって、そうでしょう?世の中の多くの人たちは、毎日一生懸命に努力し、生きていくためにやりたくもない労働に従事しているのです。その間、創作活動は完全にストップしてしまいます。
わずかな自由時間を確保したとして、ヘトヘトに疲れ果てていてモノづくりどころではありません。心や体を休めるのに精一杯で、創作に没頭することなどできはしないのですから。
対して、青年には時間が与えられていました。無限にも近い時間が…
それらの時間をどのように使うこともできるのです。マンガを描いてもいいし、恋をしてもいい。本を読んだり映画を見ることだってできます。気に入った仕事を見つけたなら一時(いっとき)没頭してもいい。たとえば、営業や仕分けやハンバーガーを焼くといったね。
何をしても作家としての経験となるのです!
では、無限にも近い時間を青年がどのように使ったのか?このあとの物語で見ていただきましょう。