心にポッカリとあいた穴

青年の心には、ポッカリ穴があいたままでした。

あの地獄のような実家にいる頃は、毎日ズタズタのボロボロに傷ついて感覚がマヒしていましたが、東京に出てきてからひとり暮らしを始めると、心の穴をハッキリと意識するようになっていました。

何かに没頭している瞬間だけは、そのコトを忘れることができました。別の方向を見て意識が集中していれば、心にあいた穴の存在などないようなものでした。

たとえば、ハンバーガー屋さんで働いている時や、セミナーに参加している時。ドンチキドンチキ踊りながら、セミナー講師やスタッフを恨みに思っている時。

でも、またすぐに心の穴を思い出すのです。特に家に帰ってひとりぼっちになると酷いのです。何かに没頭して誤魔化したところで、それは目をそらしているに過ぎないのでした。

「やっぱり世界は滅ぼすしかないのだろうか?」

そんな風に考えるのです。心の底に湧き上がった黒雲のような闇がムクムクと広がっていって、何もかもを破壊してしまいたい衝動に駆られてしまうのです。でも、同時にそんな力、持ち合わせていないことも重々承知でした。

「誰からも信用されていないな…」と感じていました。世界で頼れるのは自分ひとり。他の人たちは全員無関心。誰も助けてくれない。それは敵と同じ。滅ぼされても仕方がない。そのような思想です。

空想の世界に現れる伝説の悪魔マディリス。「あんな風になれたらいいのにな…」と憧れる日々が続きます。

「信じてくれる者には、最大限の恩恵を。敵となる者には、最大の攻撃を」

頭の中に、そんなセリフが響きます。伝説の悪魔は、敵に対しては容赦がありません。その一方で、味方に対してはとんでもなくやさしいのです。なんだかおかしな存在なのですが、勝手に頭の中に浮かんでくるので、どうしようもありません。

青年は知っていました。「自分には、あんな力はない」と。心もあんなに強くはないと。いつもビクビク子ネズミみたいに震えて、ひとりが寂しくてシクシク泣きながら暮らしているのです。

それでも、人前では気丈に振る舞って暮らしていました。できる限り笑顔を見せ、決して弱みを見せないように心がけ、敵に弱点をさらけ出さないようにつとめました。

ただ、何かと戦っている瞬間だけは、頭の中の悪魔に近い状態になることができました。「母親」「セミナー講師」「ハンバーガー屋さんの店長」などなど。

でも、そんなのは一瞬です。戦いが終われば、また心にポッカリと空いた穴のコトを思い出してしまうのです。

         *

ハンバーガー屋さんの仕事は順調でした。順調過ぎるくらい順調でしたが、逆にそれがよくありませんでした。

相棒のメガネボクサーは、下の階に呼び出されてレジを担当する時間が増えました。その間、青年はひとりで厨房を回さなければなりません。ピークのお昼時間には2時間ほど厨房を手伝ってくれますが、それが終わるとまた下の階へと降りていきます。

青年はひとりぼっちで寂しくて、仕事中も心にあいた穴のコトを思い出すようになっていました。

無理をすれば、1人でも仕事はこなせましたが、「なんだか割に合わないな…」と思うようになっていました。何よりも、単純作業に飽きてきてしまったのです。

「マスター・オブ・ザ・ゲーム」の能力のおかげで短期間で仕事を習得することができましたが、同時に弊害が現れ始めていました。「興味の対象から外れれば、人並み以下かヘタをすれば数分の1~数十分の1にまで能力が落ちてしまう」という弊害です。

仕方がないので、1ヶ月ほど仕事を休みました。その間、好きなコトをして過ごしましたが、1ヶ月の休みなどアッという間に過ぎてしまいました。

職場に復帰すると「限界だな」と確信しました。あの時と同じでした。無理やり学校に通わされて、1度は辞めようと試みたものの、結局高校に引き戻されて長続きしなかったあの時と。

なので、ハンバーガー屋さんは辞めてしまいました。


もしも、ここでマジメに働き続けていたら?

順調にキャリアを重ね、マネージャーになり、ゆくゆくはハンバーガー屋さんの店長にでもなって、第3の占いの通り「平凡な人生」を歩み、生涯賃金2億を達成していたかもしれません。

でも、そうしていたら、物語は終わってしまっていました。きっと、読者のみなさんがこうして、この物語を読むこともなかったでしょう。

いずれにしろ、青年はそちらの道は選択しなかったので、永遠にその可能性は閉じられてしまいました。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。