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140字小説集 秋の文字、深し

 今月は星々140字コンテスト「秋の星々」に参加(応募ではありません)しています。秋の文字は「深」。140字の中に必ず「深」の文字を入れ込みます。

no.01「深爪」

嫌なことがあると爪を噛む。小さい頃からの癖だ。無意識にやってしまう。休日に大学の友人が来ると言う。久しぶりだ。残業明けだが食事に行く。笑い話。突然「無理してる?」と右手の先を手に取られる。指を見た。深爪に血が滲んでいる。とっさに隠す。「大丈夫」友人が言う。「大丈夫。また伸びるよ」

 小さい頃爪を噛む癖があり、ものすごく小さな爪の子供でした。「爪を噛むことは自傷行為の一種」という説を聞いたのは大人になってからです。根拠については分かりません。とはいえ、確かにストレスがかかったり、自分はダメだな、と落ち込みすぎたりしていた時に噛んでいたように思います。
 行為の深層心理は置いといて、「深爪」とりわけ「噛んだ深爪」というのは結構人に見咎められます。女性の方が聡い印象です。(私が女性なので、異性には指摘しにくい、ということもあるかもしれません)。綺麗な爪の女性に爪を注意されると凹みます。今は噛む癖もなおり、子供の頃ほど深爪ではありません。大人になってから見ると、やっぱり爪が異常に短い子供はちょっと心配になります。「なおしなさい」とか「短い爪はだめ」とか言われて泣きそうになった経験がある身としては、「爪は伸びるよ」っていうのが救いだなと思います。気まずい思いをしたり、噛む癖がもう一生治らないような気がしたりしても大丈夫です。爪はまた伸びる。いつでも治せる。うまく付き合えるように、そのうちなるから。


No.02「さようなら」

人を訪ねた帰り、駅まで送ってもらう。なんだか名残惜しい。「さようなら」とその人が言って「さようなら」と返事をする。手を振るのが恥ずかしくて、かしこまってお辞儀をする。「また会おうね」その人が屈託なく手を振る。「はい」慌てて返す。深く深くお辞儀をする。大きく大きくうなずくかわりに。

 恥ずかしがり屋、というと聞こえが良いけれど、他人に対して臆病なところがあります。誰かに会いに行くたびに、「迷惑じゃないかな」と膝が震えるくらいです。「またね」という挨拶をなかなか言えません。「相手の方が嫌だったらどうしよう」と思ってしまうし、そうでなくても「また会いにこれるだろうか」と怖くなったりもしてしまう。
 だから「またね」と挨拶されるとものすごく動揺してしまいます。私もそう言うべきだった、ごめんなさい。カッコつけるんじゃなかった。そういう気持ちでいっぱいになる。
 帰り道、「またね」が暖かくて嬉しくて、お土産みたいに大事に抱えて帰る自分なのに。自分も、それを相手に渡せたらいいと思います。


 さて、少しお知らせです。第2期星々大賞を頂いたと言うことで、「星々の新人」として「星々vol.4」に私の140字小説が掲載されます。

 「星々の新人」として、第3期星々大賞ののび。(サトウのび)さんの作品も掲載されます。つまり、現在の星々のコンテストで年間大賞をいただくと、「星々の新人」として掲載の機会がいただける、ということであります。

 秋のコンテスト締切まであと1日。我こそは、と言う方はぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

140字小説集 No.017