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エッセイ お客さまは厳しくて、意外と優しい(#仕事のコツ)

 春に会社でちょっとした異動があり、席が変わらないまま立場が変わった。
 やっていることは変わらないし、むしろ雑務が増える傾向にはあるものの、移った職位に見合うようにと、自分なりにではあるが色々とジタバタしている。

 数年どころか数十年同じ会社にいるのに、まだ学んでいかないといけないことがあるのは有り難いような、情けないような、複雑な気持ちがする。「長く続けることに価値がある」などと言う気は毛頭ないが、最近になって分かるようになってきたことがいくつかある。単に理解力が遅くて今更わたしが分かるようになってきただけかもしれないし、数年経ったらまた違うことを言い出すかもしれないが、最近思うようになってきたことを、自分の覚えも兼ねて書いておこうと思う。

1.問題が起きた際、思うのではなく、考える・行動する

 何かトラブルが発生した時に、誰かを責めたり、自分のせいではないと言ったり、そういう感情に流されないで問題解決案を考える。解決のために行動する。それがビジネスやマネジメントというものだ、ということをよく書籍などで見聞きしており、自分でも気をつけるようにしていた。今から思うと、知識と知っているだけで身にはついていなかったと思う。
「わたしのせいじゃないんですけどね(やれやれ)」と思いながら嫌々やっていたのが本当だろう。現に、疲れている時や、何度も繰り返しは精神的に非常にきつかった。『貧乏くじだな』という気持ちが拭いきれない。自分を被害者だと思ってしまう。
 今の上司は、驚いたことにそれがかなり身についている人である。誰かが放り出して問題が起きてしまった仕事や、突発的な厄介ごとを被害者面、あるいは聖人面しないで淡々とやってのける。えらいものだ。
 そうしたことが負担にならないのか聞いてみたら、そもそも『貧乏くじだな』と思う段階自体がないらしい。誰が放り出したとか、誰がやるべきとかが置いておいて、とりあえず問題が起きているから片付けるだけなのだという。他人の手からこぼれ落ちたことが問題ならば、それは後で仕組みを考えれば良いそうだ。
 真似をすることはなかなかできないが、「〇〇なのに…」というような感情をおいておくことで、ずっと仕事が楽になることは事実だと思う。ぐずってもぐずらなくても、いずれやらなければいけなくなるのだから、すぐにやる。しかも精神的な負担が少ない方法でやる。その方が早く終わるし、必要以上に疲れない。

2.自分より優れた人を常に探すようにする

 すごくすごく恥ずかしい話だが、わたしは今まで、特に若い頃、一定レベル仕事ができると思っていた。パソコンがある程度使えるし、大学を出ているし、一定の論理的な話にもついていける。中の中くらい。ひょっとして中の上くらいはいっているのかも。くらいには。
 勤務年数を重ねてますますできるようになったのかというと、主観としては逆である。足りないな、頑張らないとなと思うことがたくさんある。元からできていなかったのだから目につくようになったというのが正解だろう。そう思えるようになったのは自分より優れた人が上にいるからだ。
 最近、改めて業務関係のことの勉強のしなおしを始めた。これは上司の影響を受けてのことで、もちろん「勉強しろ」と言われたからではなく(言われてはいるのだが)、この人に少しでも追いつかないと業務が回りそうもないと気がついたからである。
 他部署の話にはなるが、若い方が部に移ってきて、あれがができる、これができるとチヤホヤされているのを見ると複雑な気持ちになる。
 「部の中で一番」に慣れてしまって、そのまま技術を磨かなくなってしまい、挙げ句の果てに、退職したよ、という話をこの職場では昔からよく聞いた。上の人は事務が苦手な方が多いから、それをやってあげているうちに、自分が搾取されていると感じたり、こんなにがんばっているのに、と被害者意識が芽生えてくるのだと思う。そういう気持ちは、できれば持たない方がいいように思う。
 上司は選べない、というのが働く人の本音だろう。わたしは今回の異動で知識もスキルも自分より上の人間の下につけて非常に幸運だった。そして今回は棚ぼただったけれど、常にそうした人を見つけていかないと、現状のまま古びていってしまうのだと思う。

3.お客さまは厳しくて、意外と優しい

 2のことを頑張ろう頑張ろうとしていると、自分に厳しくしがちになる。あれもこれもできない自分が心底嫌になる。
 最近、事業者支援のためのセミナーで「能力」と「強み」は違う。というような話を聞いた。「強み」はいわゆるSWOT分析の時のものを指して言っているもので、「自社の強みを書けとかいうけど、我が社に強みなんてないよ!」という事業者をどう励ましたらいいか、というような内容である。結論からいうと、客観的事実としての「能力」は確かにないかもしれないけれど、他社との比較としての「強み」はみんな持っているものだから、探せば見つかるし、作ってもいけますよ、という話だった。そういえばそうだ。私たちは買い物をするとき、「あっちより、こっちがいい」という物差しでモノやメーカーを見ている。それはおそらく「○○したい!」という欲求が先にあるのが私たちの消費行動だからだと思う。探しているのは「これこれこういうもの」という唯一無二の名品ではなくて、自分の欲求を満たしてくれそうな何か、というふわっとしたものだ。スーパーでもネットショッピングでもそう。リストアップして、比較して買う。商品は高い水準をクリアして初めて売れる、というより、たまたま隣に置かれた何かに勝てば買ってもらえる。それが「能力」ではなく「強み」である。
 これは、多分人間にも言えることだと思う。特に、「頑張らなくては」と夜中に寝ながら歯軋りするほど肩に力が入っている自分には福音にさえ聞こえる。
 何かが100パーセントできなくても、他人の評価というのは相対的なもので、他人との違いだけを見ているから、必ずしも自分の思い描くような超優秀な仕事人である必要はないらしい。他人との違いを見たときに、ほんの少し違う。それだけで十分なのだ。お客さまは厳しい。けれど、意外と他人の目は優しい。自分の中の絶対基準を満たさなくても、ほんのちょっと得意なだけで認めてくれる時もある。それでもそこまで行くのに努力しなければいけないのは変わらないが、それならできるかもしれない。「できるかもしれない」と思えるのはとてもいいことだ。

4.きちんと休む

 数年なっていなかったぎっくり腰に、今年はなった。少しばかり無理をしすぎたのだと思う。無理をすると、仕事をした気になってしまうのは困ったものだ。「腰まで壊したんだから」という気持ちになってしまう。しかし、自分が痛い目にあったことと、仕事の成果は関係がない。どちらかというと、余裕があって作った時の方がよほどいい仕事ができる。自分の被害を仕事の結果に盛ってはいけないと思う。そのためには、まず自分がきちんと休めるような環境を整えておかないといけない。体が資本というのは本当にそうだ。


「今度はこうしていこう」「これに気をつけよう」「このことを理解しよう」。そういうことがあるたびに手帳にメモをとる。おかげで自分の手帳は5月にしてぼろぼろだ。最近では「失敗を繰り返して初めて、しなやかな知恵を身につけることができる」という企業者向けの講演の抜書きを書いておいた。見境なく書き写すものだから、よく精査したら全く反対のことを書いてあるメモが見つかるかもしれない。
 でも、それでもいい。考えて、失敗して、そうやって螺旋状にちょっとずつ良くしていくのが自分の仕事の仕方だ。この結論はとても大事だから後で手帳にメモしておくことにする。ずいぶん遅くなったから、今日はもう寝よう。おやすみなさい。明日は今日よりほんの少し上手にやれますように。

エッセイ No.117

#仕事のコツ